どうも、石動です。
ついに公開されましたね、『アギトー超能力戦争ー』。『仮面ライダーアギト』25周年作品にして、仮面ライダー55周年で立ち上げられた新たなブランド、『THE KAMENRIDER CHRONICLE』の1作目。
自分としては、『アギト』を見た多くの視聴者がそうであったのと同様に、この作品は特別で。一年間を大きな謎で引っ張り続けるフックの持続。三人の仮面ライダーの物語が同じ世界の中で進み、時に交わっていく群像劇。それらの謎と複数の視点が収束した果てに示された、人間の可能性と未来を信じた賛歌。平成ライダーの特徴となりうる要素を確立し、でありながら後年から見ても一線を画すエンタメ性と独自のテーマ性も描いた『アギト』に、ずっと心を奪われてきました。
『クウガ』と同様に放映時はまだ生まれていなかったので、最初の視聴は東映特撮Youtube Officialでの無料配信。放映時の2倍のペースではあるものの、毎週2話でそれなりの長さがある配信期間の間、ただの一度も見逃すことはありませんでした。それどころか、毎週毎週、更新が早く来ないかと待っていた思い出があります。それほどまでに、一週たりとも飽きさせてくれないくらいに、『アギト』は自分にとって「面白い」作品でした。いまだに、単純なエンタメ性・完成度の高さで言えば、平成ライダーでも『W』と不動のツートップだと思ってます。
そしてその感想は、何度見ても変わらなくて。二度目は、急に「平成ライダー全部見る!」と言い出した、初見の妹と一緒に。三度目は、『超能力戦争』の公開と『超アギト展』の開催が決定したときに。仮面ライダーなどを普段からあまり見ない他者の反応を横に見ながらの視聴と、年月が経って創作作品を見た本数も増え見方も少し変化したうえでの視聴。しかしそのどちらでも、『アギト』は面白く感じられました。
自分が少しばかり変わった程度では変わらない、普遍的な面白さと人間賛歌が『アギト』にはあるんですね。余談ですが、妹も終始「面白い」と楽しんで見てくれました。だからこの普遍性は、仮面ライダーオタクの感性の中のみのものではないようです。
引用:https://twitter.com/agito_movie/status/2045081860683055215
そんな『アギト』の、25年ぶりの新作。続編。公開が発表された瞬間は楽しみで楽しみで仕方なかったはずなのに、公開日が近づくにつれ不安が芽生えてきて。
『アギト』三周目を進めていくうちに、その面白さと完成度の高さを再実感すると共に、「この完璧な結末に何を付け足すんだ……!?」「ここまでの面白さに、鮮烈さに届くほどのものを果たして再び作れるのか……?」と思ってしまったんですね。『アギト』関係で言うと、7年前に『ジオウ』で(『ジオウ』が7年前!?)アギト回がありましたが、そちらがレジェンドの客演としての面白さに全振りした、ファンサービスの方向性では頂点と言ってもいいものだったからこそ、今回の正式な「続編」という立場に身が強張る。
そして、昨日。見る側なのに何故かいっちょ前に緊張までして、映画館に行ってきました。準備は万端。SNSも断ち、極限まで情報を遮断して、自分の中の感性にだけ問いかけた『超能力戦争』との勝負。
結論から言うと、自分は圧倒的に「賛」でした。
(以下、本編のネタバレを含みます)
- 全体の構成について:アギトの構成要素を外さない王道さ
- キャラクターについて:「当時の延長線上」を見せてくれたことへの感謝
- 脚本面の細かい点について:井上敏樹脚本らしい「外さなさ」
- 映像面について:G7、かっこよすぎる……!
- ギルアギト陣営、ひいては木野薫について:今作最大の不満点
- ラストシーンについて:素晴らしいエピローグに、感謝と拍手を
全体の構成について:アギトの構成要素を外さない王道さ
まずもって、話の大筋について。突如として現れテロまがいの大量殺人を開始した超能力者、「ギルアギト」に変身する者達との戦いの中で、彼らはアギト因子によって人工的に覚醒させられた存在なのだと判明する。大量殺人の目的も、アギト因子によって人類の覚醒を早めることが目的なのだと。それを語る黒幕、木野薫の言葉に対して、今作の主人公たる氷川誠が反論する。
「進化とは誰かによって為されるものではない。何度も困難を乗り越え、自分を乗り越え、達成されるものだ!」
「超能力者達の目的と正体」「氷川誠が服役するきっかけとなった村野かすみ殺人事件の真相」という謎で引っ張り、本編とは対照的に「人類の進化を促す存在」を黒幕に据え、その強引な進化への欲望を、"人間"氷川誠によって否定する。『超能力戦争』は、謎と人間の"進化"をメインに据えた、『アギト』らしいお話でした。
賛否が分かれている今作ですが、恐らくこの大筋に対しては、少なくとも謎で引っ張り人間の進化をテーマとする骨格に対して、皆「らしい」という感想の人が多いと思います。それくらいの王道。『アギト』の続編をやるならこうなるだろうなという域を良くも悪くもはみ出していないので、極端な加点も減点もない。
なので今作の賛否の分かれ目は実際にお出しされた描写なわけですが、その前提のうえで、僕はこのあらすじの段階でかなり刺さったところがあって。それが、村野かすみ殺人事件。この事件の存在と内容が、とても巧みだと感じたんですね。
何が巧みかって、この事件があることで、「北條さんの婚約者が不可能殺人のような手法で殺され、氷川さんが犯人として逮捕された」ことで、物語を一気に圧縮できてるんですね。氷川さんが逮捕されることで序盤は戦えない状況を作り、婚約者が殺されることで北條さんが物語に強く関わる動機付けを行い、また事件そのものが先述のように作品のフックになる。テレビ本編にはいなかった北條さんの婚約者が生み出され殺されたことで、物語開始時の構図をスムーズに整えられている。
これ! この大胆な計算高さに井上敏樹脚本らしさを感じて、グッときたんですよね。近年だと『RIDER TIME 仮面ライダー龍騎』の手塚と芝浦が恋愛関係にあった展開、遡ると龍騎のテレビスペシャルの手塚が小川恵里と過去に関係があったことになっていた件なんかと同様の、既存の登場人物の関係性を変えることへの躊躇いのなさ。それによって衝撃の展開や物語のフックを低コストで演出できて、かつ無理のない変化であるなら、迷いなくやってしまう大先生の大胆な十八番。
今回の場合は、25年ぶりの続編ということで、長い年月が経っていたこともプラスにはたらきますね。25年も経てば、そりゃ北條さんにも婚約者できるよなあ……と。「無理のない」度が先ほど挙げた他の例よりも低く、すぐ素直に飲み込めました。
と同時に、事前の情報はかなり制限して映画に挑んだ自分は、まず最初にここで魂をがつんと殴られました。「この作品は正真正銘、間違いなく井上敏樹が書いているんだ」と、思わず居住まいを正してしまいました。映画館で。
閑話休題。ここからは、そんな王道な大筋を彩っていた個々の要素について、語っていこうと思います。
キャラクターについて:「当時の延長線上」を見せてくれたことへの感謝
何よりも、ここが良かった……。
周年作品で最初に気にしてしまう、楽しみでもあり不安でもある最も大きな要素、キャラクター。観客としては、久しぶりに会う登場人物達が、ちゃんとかつて見た彼らなのかどうかというところに、まず焦点が来る。特に今作のような実写の作品は、年月の変化がアニメなんかよりも如実に感じられるからこそ、彼らに会えるのかという思いが強くなる。
その点『超能力戦争』は、間違いなく100点でした。『アギト』の面々が25年の中で変わりつつも、ちゃんとらしさを見失っていない姿を、一部の例外を除いて見せてくれた。
例えば、小沢澄子。Gユニットがメインになるということで実質的な主人公クラスの登場時間の長さだったわけですが、どの瞬間においても明確に、僕らの知っているかっこいい小沢さんでした。と同時に、パンフレットで演じた藤田瞳子さんも言及されていた通り、年月を経て少し丸くなったような部分もあって、だからこそ変わらない氷川さんへの信頼に熱くなれた。
例えば、美杉太一。ほんの一瞬の出番しかなかったんですが、その2・3回程度の台詞で「太一だなあ~!」「大きくなったな~!」と、25年前との連続性を感じさせてくれました。台詞も演技も、どちらも素晴らしいからこその感動がありました。
引用:https://twitter.com/agito_movie/status/2043645372720123935
そして何より、キャラクターと言えば今作の主人公、氷川誠。『アギト』でデビューし今や超有名俳優な要潤さんが、25年ぶりに『アギト』に帰ってきてくれました。しかも、当時の雰囲気そのままに。
本当に、誇張抜きで、当時と同じ「氷川誠」なんですよね。『アギト』の頃の要潤さんの演技はまだ拙いところもあり、しかしその拙さが不器用で真っすぐな氷川誠というキャラクターを作り上げていた側面もありました。しかし『超能力戦争』の要潤さんは、当然演技に拙い部分などないうえで、ちゃんと「氷川誠」になっている。不器用で誠実な一人の"人間"が、スクリーンの中に確かにいました。
また、テレビ本編にはいなかった新キャラ達も、決して元の雰囲気に飲まれてしまわない素晴らしい存在感でしたね。
特に仮面ライダーG6の葵るり子、「口が悪くても印象が悪くならない高身長の女の人」というアクロバティックな条件からゆうちゃみさんにオファーがいったとパンフレットで語られていましたが、キャスティングの狙いが120%発揮されたと感じました。井上敏樹脚本のかっこよくさっぱりした陽性の女性キャラクターと、所謂「ギャル」の属性は相性がいいんだという発見もありました。
とにかく、キャラクターの雰囲気、キャストさんの演技と井上敏樹脚本の台詞は終始良かったです。ただ一人を除いて、新旧全て、メインのキャラクターをもっと好きになれる、嬉しい再会と出会いだったなと。
脚本面の細かい点について:井上敏樹脚本らしい「外さなさ」
続いて、脚本面での細かい点について。『超能力戦争』、井上敏樹脚本らしい、「大胆に割り切るところは割り切る(主にロジック面)けど、キャラクターの心情面などの絶対に外しちゃいけない点に対するフォローはする」誠実さが随所に見られました。
以下、特に印象的だった点を列挙すると……、
・ギルアギトの正体が人間だとわかった氷川さんが攻撃を躊躇い、北條さんが叱咤して迷いを捨てる描写をコンパクトながらしっかり挟んだこと
・役者さんの関係や物語の都合で犠牲になり計画に利用されるだけにとどまってしまった葦原さんが、最後の最後に氷川さんを助ける手伝いをしてくれた?と思えるような描写
・こちらもまた物語のヒキや関係性の構築のために婚約者を殺害されてしまった北條さんに、しっかり仇討ちの機会を与えるバランス感覚
本編で主人公の一人だった葦原さんが死んでしまっていたり、北條さんに婚約者が生えて殺害されたことになっていたり、井上敏樹脚本ってやはり大胆で。25年ぶりの続編ということで本編の余韻やハッピーエンドを壊さないようにしようという意識よりも、物語としての推進力を優先している。
けどその一方で、絶対に越えちゃいけないライン際々の舗装もまた、井上敏樹脚本の特徴だと思っていて。上に挙げたように、葦原さんには最低限の救いを、北條さんにはしっかりとした見せ場が与えられている。ダイナミックさだけが井上敏樹脚本の魅力ではないと、そう見せつけてくれたのが『超能力戦争』でした。
特に北條さん、他の方の感想を読んでいると、分身能力に目覚めたことを利用したギャグなんかをライン越えだと感じて不快に思う方もいたようなのですが、個人的には真逆で、この映画でトップクラスに良い出番をもらえていたと思います。
しっかりと婚約者の仇を撃ち、テレビ本編から引き続きの警察官の矜持で氷川さんの迷いを振り払い、25年前と同じように、氷川さん個人への信頼を最後に示す。分身能力も、初出と絵面自体はギャグですが、作中で戦闘・諜報面でしっかり使いこなされ、また目覚めるロジックも示され黒幕の目的の伏線となっている。
北條さん、テレビ版でも一番好きなキャラクターだったので、彼が決して雑な扱いにはならず、きっちり北條透としての矜持と意地を見せつけてくれたことが、とても嬉しかったです。嫌味さも純粋さも変わらない、山崎潤さんの演技も素晴らしかった。
映像面について:G7、かっこよすぎる……!
続いて映像面について。こちらはかなり賛否両論、というかほぼ「否」に近い方が多い印象です。
で、まあ実際に、「思っていたよりは……」というのは自分も感じなくもありませんでした。仮面ライダーがレジェンドタイトルと要潤という超有名俳優を引っ提げ、一般向けに繰り出した『THE KAMENRIDER CHRONICLE』の1作目。その宣伝・公開規模に対して期待するほどは、お金も製作期間もかかっていなかったなあ……の想いは、拭えない。
ただ自分の場合は、「思っていたよりは……」とは思いつつも、見ている最中は明確な不満にはならなかったんですね。まずもって、思ったよりはお金はかかっていないものの、「いつものVシネ」とは一線を画す画面ではあった。全てが限界まで絞られたあれに慣れてしまった身としては、それとは明確に違う過去の仮面ライダーの映画ということで、それだけでテンションが上がってしまいました。
また、自分が一番「外さないでくれ」と思っていた部分が素晴らしかったというのも大きかったです。井上敏樹脚本と同様に、映像でも最低限のラインは守ってくれた。
引用:https://twitter.com/agito_movie/status/2029315958805090364
それが、新仮面ライダー、G7のアクションシーン。本当に、凄まじく、かっこよかった。
こういう周年映画の場合、どうしても新形態というのは冷遇されがちで。最後に基本形態に戻ってその懐かしさとカタルシスに印象を全て持ってかれることが発生しがちなのですが、今作では最後までG7で戦い抜いてくれた。Gシステムの本質は進化し続けるシステムと、それを使う"人間"氷川誠なので、アップデートされた最新版が最強なのは理屈でも感情面でも納得できました。
そのうえで、実際の活躍も本当に良くって。腰に付けたGZ-10オロチ(刀)と全身に取り付けられたドローンを活用したギミックを、お腹いっぱいになるまで見せてくれたのが良かったですね。特に両方を活かした刃を研ぐギミックが個人的に大好きで、刃こぼれしたオロチの刀身を、ドローンによって再生成する挙動が「日本刀を研ぐ」ように見えるのに痺れました。
『THE KAMENRIDER CHRONICLE』という、一般受けを狙いに行くブランドの初っ端で映像面で一番良かったのが新仮面ライダーのアクションってそれはいいのか、とは思いましたが。ただ、狙いに行っている層が実際どんな映像美を求めているかは僕にはわからないし、少なくとも自分にとって一番大事な部分ではあったので、そこに力が入っていて、かつちゃんと成功していたのは喜んでいいと思います。CSM欲しくなりました。
ギルアギト陣営、ひいては木野薫について:今作最大の不満点
はい。今作最大の問題点。今作の賛否が分かれている最大の要因にして、「賛」の皆も手放しには褒めていない、ギルアギトの面々と、黒幕たる木野薫の描写についてです。
まず、最初に結論を述べると、自分は不満を感じつつも、大きなマイナスに至ることはありませんでした。両者とも問題点を孕みつつも、可能な限りのフォローがあり、自分はそのフォローと、作品のやりたいことに納得できた。
ギルアギトの面々と木野さんの扱いで少し問題点の細部が違うので、別々に語っていこうと思います。
引用:https://twitter.com/agito_movie/status/2036397615668142178
まず、ギルアギトの面々。木野さんにアギト因子を注入されることで末期の病状から回復すると同時に、アギトの力に目覚めた者達。今作の「敵」、言ってしまえば「怪人」にあたるキャラクターです。
そう、「怪人」。今作では、『アギト』本編で「人間の無限の可能性」として肯定され、翔一くん達によって守られた、アギトの力が怪人として立ちはだかるんですよね。最終的に残らず仮面ライダーに撃破されること含めて、本当に「怪人」。だから当然、アギトが「怪人」に堕ちてしまったことに、そうでなくとも氷川さん達が元人間を救出ではなく殺害してしまう展開に、『アギト』ファンとしてはどうしようもない拒絶を覚えてしまうんです。そして、その悪印象が引っ張って、今作を好印象を持てなかった人は沢山いる。
ただ、先ほども言ったように、自分はギルアギトが怪人として立ちはだかる展開に、そこまで大きな不満は覚えなかったです。全く引っかからないとは言わないけど、他の魅力で押し切って、総合的に「好き」だと言える程度の引っかかり。何故そういう感想になったのかというと、作中でしっかりフォローが入っているから。
言うまでもなく、先述した、氷川さんがギルアギトが人間だと知って撃破を躊躇った後、北條さんの叱咤で迷いを振り切る展開ですね。氷川さんという人間、それもG4の一件で人間を相手にすることにトラウマがある彼の迷いを通して、「人間」を、「アギト」を倒してもよいのかという迷いと、「人間」も「アギト」も関係なく、市民を裁くのが警察官の仕事だという倫理が描かれている。
考えてみれば、アギトという存在がどうであるか、その力をどう使うかは人間の手に委ねられていたのは、テレビ本編からそうでした。木野さんは過去に囚われて自己中心的な目的のために力を振るい、翔一くんは他者の居場所をアンノウンから守るために変身した。テレビ本編第38話でわざわざ対比して、アギトの力は個人次第で正義にも悪にも転ぶという危うさが描かれた。
だから、アギトの力に対する認識も法整備も追いついていない段階で、大量殺人を犯すギルアギトを前にしたとき、実力行使による殺害という方法に至ること自体は、本編と明確に矛盾しているわけではないんですよね。そこに、先述の氷川さんと北條さんのやり取りを経ることで、ちゃんと本編を蔑ろにしない形に落ち着いている。そもそも、現行法でも人の往来する場所で殺傷能力の高い武器を振り回し実際に数十人を殺害した人物を前にしたら、警察だって拳銃を持ち出すことにはなるでしょうし。
引用:https://twitter.com/agito_movie/status/2036022465026253193
また同時に、大山や黒谷といった、元は悪人・一般人でありながらギルアギトの力を人々を守るために行使した市民が出てきたことも大きかったです。
テレビ本編ラスト5話では、アギトをめぐる対立、アギトを脅威と捉えアンノウンを保護しようとする者と、アギトを人間の無限の可能性として受け入れる者の主張が描かれ、最終的に沢木哲也(津上翔一)がアギトの受容による人間の進化を信じた清々しい結末を迎えることで、後者が肯定され番組は幕を閉じました。「きっと、俺が、勝つさ!」という彼の最期の言葉には、揺るぎない自信がありました。
そして、今作を見終えたときに、僕は「あいつは賭けに勝ったな」と、悩むことなく迷うことなく、納得しようと言い聞かせることもなく、素直にそう思えた。完全勝利とは言わないけど、彼もそこまで人間を妄信しているわけではなかったと思うけど、でも確かに、アギトの力を人間の可能性として示してくれる者がいた。そんな"人間"が、最後に氷川さんを救ってくれた。それこそが、単にアギトの力が「怪人」に堕ちたわけではない、ということを示している。
「テレビ本編から、アギトの力は人間次第で正義にも悪にも転ずるものだった」「その中で、個人の善性に従って人々を守ってくれた者がいた」。この2点と、あと後述するプラスアルファで、しっかり「人間の可能性」を見せてくれた。だから、僕は不満よりも満足が先に来ました。
引用:https://twitter.com/agito_movie/status/2037484787511009678
続いて、木野さんについて。誰もが驚いたであろう、今作での木野薫の復活。しかし作品の蓋を開けるとさらに衝撃的な、「彼が今回の黒幕、ギルアギトを目覚めさせ人々を襲わせた黒幕」だという真実が明らかになりました。
まず最初に断っておくと、先ほどのギルアギト関係とは違い、木野さんの扱いは明確に「問題点」と言い切ってしまっていいものだと僕は思ってます。だって、テレビ本編でアギトの力を個人のエゴで使い、その手で人を殺そうとし、しかし葦原さんと翔一くん達と過ごす内に自らを反省しアギトの力に飲まれた、過去に囚われた状態から脱却できた木野さん。翔一くんを救い、過去の弟も救うことができた夢の中で雪山に消えていった彼が何の理屈もなしに舞い戻り、敵になってしまってるなんて、到底受け入れられることではない。
ただ同時に、このショッキングな展開に至るまでに、可能な限りのフォローとバランスをとる描写があったとも、思ってるんですよね。これが与えるダメージを考慮したうえで、最大限の配慮はされている。列挙すると、
・助けを求めに来た葦原さんが目の前で死んでギルスの死体を手に入れたことが、今回の事件を起こしたきっかけである
→また目の前で大切な人を守らずに過去に囚われてしまい、患者を助けたい一心や進化を促して失うことをなくしたい一心が芽生えてしまったのか…?
・死んだはずなのに何の理屈も説明されず生き返っており、また死に際には「また地獄の底から、何度でも蘇る」という言葉を残している
→そもそもこいつは本当に純度100%の木野薫なのか? 何か大きな人類全体の意思や超常的な力が現出したもの、もしくは木野さんのアギトの力と過去への妄執だけが残ってしまった、『RIDER TIME 仮面ライダー龍騎』の神崎士郎のような存在なんじゃないか?
これだけ、納得できる材料は揃っている。
また、これは木野さんが黒幕だったことに拒否反応を示す方の中の一部が言われている感想に対する反論なのですが、「木野さんが今作においてこのポジションになる意味がない」とは、僕は全く思いません。木野さんがそうなってしまうことへの不満と、その展開に旨みが一切ないという主張は、別の話です。
テレビ本編から、木野薫は人間に救いを与えたいというエゴを持っている人間でした。アンノウンからの守護に限らず、病からすらも人間を守りたいと思っていた。守らなければと駆られていた。そんな木野さんが、25年の月日か、葦原さんの死がきっかけか、今作で境界を越えてしまう。
パンフレットで樋口隆則さんが語っている通り、木野さんの心に起きた変化の種は、作中のアギトの力と同様に、誰もが持ちうる種かもしれないんです。その事実は、木野さんというテレビ本編のキャラクターが突き付けることで、強い意味を持つ。今作オリジナルの黒幕ではきっと出せなかったであろう重みが、彼の言葉には宿っている。
と、長々と語りましたが、要するに天秤がどちらに傾くかという話でしかないんですね。これらの展開がもたらす不満や反発が、どの程度大きいか。為されたフォローやこの展開をする意味が、どれだけ心に刺さったか。確実にバランスはとろうとしているうえで、それが「許せる」に傾くか「許せない」に傾くかは、当然ながら個人によるとしか言えない。
すごく乱暴な言い方をすると、展開のもたらす感情へのダメージと、物語進行上のスムーズさのどちらを重要視するか、という話でもあると思います。そして僕は、後者の方に比重が傾いた。1時間半ずっとギルアギトを殺さずに捕獲することに苦心し気持ちいい戦闘が観られないことへのフラストレーションを廃し、コンパクトな葛藤でその問題をクリアしたことにする判断に頷けた。
何より、次語るラストシーンの内容が、ここで覚えた不満を解決してくれました。だからこそ、僕は『超能力戦争』を迷いなく好きだと言えるんです。
ラストシーンについて:素晴らしいエピローグに、感謝と拍手を
今作のラストシーン。ギルアギトと木野薫が変身したアギトを撃破した後に、登場人物の皆で、作中で犯した脱獄などの犯罪を償いに自首をしに行く結末。そう書くとバッドエンド!?となってしまうんですが、まったくもってそんなことなくて。むしろ、同じ井上敏樹脚本の『キバ』最終回と同様の完全無欠のハッピーエンドで、かつ、この結末だからこそ、『アギト』は再び上げた幕を下ろすことができるのです。
『アギト』は、地に足ついた「人間」の物語でした。最終盤、全ての真実が明らかになった後は、神々との戦いを通して、アギトの力を、人間の可能性の是非を問う壮大なサーガがクライマックスを彩るのですが、それと同じくらい、作品内には人間の地に足ついた「生活」の描写が溢れている。
主人公たる翔一くんは、家庭菜園で野菜を育て、それらを収穫して料理をして、掃除をして、日々を生きることを、「生活」を楽しんでいた。そしてそのメンタリティこそが、自分の中のもう一つの自分、自分を飲み込み押しつぶそうとする巨大な力であるアギトを制御することに繋がっていた。
第3話では、彼はアギトの力の暴走への恐怖を、家事をこなして「生活」することで乗り越えて。第34話では、水のエルへの恐怖を真魚ちゃんの弁当から勇気をもらうことで克服し。テレビスペシャルでは、かつて記憶喪失から生きる気力を取り戻した時と同じように、澄み渡る空の青さを見てシャイニングフォームに覚醒しました。
翔一くんほど明確にアギトの制御と進化に関わっていなくとも、『アギト』内には「生活」の描写が本当に多いです。葦原さんは自らを襲う運命を理解したうえで「普通に生きることが、俺の夢だ」と語り、G3ユニットはことあるごとに焼肉に足を運び、第22話では小沢さんと翔一くんが各々の悲しみを焼肉とビールで流し込むことで立ち直りました。
井上敏樹脚本の、生活や日常を大切にする描写が、『アギト』では特に強く表れているんですよね。そして、そういった地に足ついた「生活」、人々が日々生きて悩んで過ごしていく描写が親和することで、神話をモチーフにした終盤の壮大な「人間の可能性・進化」のテーマもまた足場を確保できる。例えば、劇場版では「生と死」という大きなテーマに対して翔一くんが「生きるって、美味しいってことじゃないですか」とあっさり答えを出した。
それと同じように、生命の息吹を感じさせる「生活」の描写を登場人物が積み重ねたからこそ、壮大なテーマも人間のこととして、自分のこととして強く受け止められるんです。
「生活」が描かれていること。それは、壮大な「人間の可能性・進化」のテーマと同じくらいに、もしかしたらそれ以上に、『アギト』らしさを担保していたんです。
では、そんな『アギト』において、「人々を守る過程で犯した軽犯罪を償いに自首する」ラストは一体、どんな意味を持つのか。言うまでもなく、人間の倫理が作り上げたシステムの中で、法の中で「生活」していくことの肯定、そして日々進化していく人間の可能性への信頼です。
『アギト』本編で描かれた生活は、当然ながら人間の社会の中でなされたものです。洗濯も掃除も料理も、人間が行う、人間の行為。大前提としてその背景には、巨大な人間の社会があります。
『アギト』本編や今作で翔一くん達が人々を守ったのは、その善性から、「誰かが理不尽に殺されるのを、居場所や未来や可能性を奪われるのを黙って見ていられない」という倫理から。人間の中で培われている倫理があるからこそ、たとえ関係ない他者であっても、無慈悲に命を奪われるのを黙って見ているなんてできないと、そこに正義が芽生える。
そんな、『アギト』という番組の大前提にあった人間の社会と倫理の象徴こそ、法なんですね。人間が長い年月を経て作り上げていた、互いを害せずに各々の「生活」を楽しむために必要なシステム。なくてはならない、守ることで互いに支え合う社会の成員となるルール。
それを、たとえ人間を守るためであっても、軽犯罪であっても、順守する。明るく、前向きに、日々の「生活」の一環として、自首する。たとえ今はアギトに関する項目が盛り込まれていない、不完全なものであっても。今回の件を受けて、そうでなくともいつかの未来で、これまで人間がしてきたように、現在の社会に合わせたアップデートがされると。また、共に「生活」していくために「進化」できるという信頼を、『超能力戦争』は見せてくれているんです。
と同時に、この結末は、ここまでに述べた大小様々な不満へのアンサーにもなっている。
ギルアギト陣営については、事情があれど法を無視し他者を害した彼らとは違うと、一線を。話の大筋の王道ではあるがインパクトが不足している欠点に対しては、鮮烈なラストシーンでもって代替を。
彼らが償いに行く犯罪に「殺人」が含まれていればより良かったかもとも思いますが、ただそれだと明るい雰囲気にはなれないんですよね。あくまで明るく、朗らかに自首することが肝要だから、その罪状を含めないことには全然頷ける。
また、今作の主人公である氷川さんらしい結末だという点も、素晴らしいですね。作中で「たとえ自分は無罪だと認識していても、反証がない以上は法の裁きに従う」旨の発言をしていた彼。その生真面目さが、警察官としての誇りが、キャラクターの魅力が、他の登場人物達にも伝播し、かつて翔一くんが「生活」を愛したことと同様に、テーマと密接に結びつく。ただの"人間"の生真面目さこそが人間の進化に繋がるのだと、そう思ってしまうくらいには鮮烈に。
そしてエンドロールと同時に、主題歌が流れ出す。曲名は、『ドラマティック平凡』。「変わりつづけていく。変わらないものを抱いて」……。
以上、『アギトー超能力戦争ー』の感想でした。
色々細々とした不満はあれど、期待以上に『アギト』でした。見る前の不安を全くの杞憂にしてくれて、2026年に『アギト』らしく面白い作品を見せてくれて、本当にありがとう……。
というわけで、今回はここで筆を置こうと思います。長文お付き合いいただきありがとうございました

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