石動のブログ

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感想『機動戦士ガンダムF91』 ラストシーンに『1st』以来の涙を流した話

 どうも、石動です……。

sasa3655.hatenablog.com

 たった今(この記事の元となる感想を書きなぐったタイミング)、上の記事で書いたような流れのまま、『逆襲のシャア』に続いて『機動戦士ガンダムF91』を観たんですが……。

 

 良かった……本当に……。

 

 

機動戦士ガンダムF91 完全版

 何が良かったって、ラストシーンが素晴らしかったんですよ。F91のフルパワーを引き出して鉄仮面との決着をつけたシーブック。彼が、その戦いの途中で機体が破壊され宇宙空間に放り出されてしまったセシリィを、F91の機能も活かしてなんとか探し出すことができた場面。

 まずもって、「主人公がヒロインをニュータイプ的感応で探し出して再会する」構図が「ニュータイプの感覚を人殺しではなくホワイトベースの皆を導くことに使ったアムロが、カツ・レツ・キッカの三人に導かれみんなのもとに帰ってこれた」『1st』のラストシーンをオマージュした部分があるのは疑いようがないでしょう。MSを使った殺し合いではなく、戦いが一時決着した後の帰還に焦点が置かれた『1st』以来のそれに、人の繋がる力を描こうとする構図に、否が応でもガンダムが好きな者としては注目せざるをえない。

 そして、そんなセルフオマージュの構図の中で『1st』から変化した、「MSたるF91も、人間の繋がる力に手を貸した」点が肝なんですよね。『1st』では様々な意味合いを持ちつつも、それ単体としては人を殺す兵器の意味合いを出なかったMS。それは主人公機であっても例外はなくて、本当の意味でのニュータイプ的感覚で結ばれた「今ここにいる」少年少女の繋がりの尊さが主題となったラストシーンでは、コアファイターによってアムロは脱出を図ることはできたものの、ガンダム本体は失われてしまった。

 それに対してガンダムF91はむしろ、バイオセンサーとサイコミュを使用したセンサーを応用することで、シーブックニュータイプ的な感覚を拡張するために用いられている。F91があったからこそ、シーブックとセシリィは再会し、この作品はハッピーエンドを迎えることができた。

 この変化は、『1st』以降のシリーズの描写によってもたらされたものだと思います。『Ζ』~『逆襲のシャア』間の物語では、ニュータイプとMSのオカルティックな描写が増加し、度々MSは人間の想いをくみ取って本来ありえないような現象を起こしてきた。『1st』の純粋な人の繋がりの起こした奇跡を見せたラストシーンから、MSを通してその奇跡がより強い形で発現していく、言い換えると人間とその作り出したモノの関係が深くなっていく歴史が宇宙世紀の一側面だった。

 ただ、その奇跡はどうしようもなく、兵器としての力や破壊に偏ってもいたんですよね。『逆襲のシャア』のように人を直接的に救う現象だったこともあるけど、(あくまで自分の解釈ですが)あの作品は奇跡を全く肯定的に描いていたかといわれるとノーだった。オカルティックな力による破壊。その結果の、救済。宇宙世紀で起きた奇跡は、そういった形になってばかりだった。それが続いたシーブックの時代では、ニュータイプという言葉は「MSの操縦に適性がある人」程度の意味合いになってしまった。『1st』で地球連邦のお偉いさんが思っていたような定義に引き戻されてしまった。

 

機動戦士ガンダムF91 ― オリジナル・サウンドトラック

 で、そこからの『F91』のラストシーンなんですね。破壊の意思を兵器で体現した力によって鉄仮面を倒した後に、それとは明確に違う、人間の能力の拡張としてはたらくF91。大切な人を失いたくないと願う少年の心と、宇宙空間で人間に目覚めた遠く離れた他者とも繋がれる能力と、それを手助けする機能を持った人の作り出したモノ。三つが結びつくことによって、少年少女の再会は実現される。

「機械なんて使う人次第なのよ」

 これによって、『1st』のラストシーンを見たあの時の感動が、その後の宇宙世紀の展開を踏まえて、新しい形で蘇ってくれたと感じたんですね。『F91』は前半で「落下してきたMSの薬莢が額に当たることで死んだ主婦」など一般人視点での巨大な兵器同士の争いの恐ろしさをリアルに描き出し、後半でも兵器によって人類の9割を死滅させようとする人物が出ていたからこそ、対比でもって「人の作り出したモノ」を、人類の可能性・共感し繋がり分かり合える能力の拡張に使うシーブックにグッとくる。人類を全てニュータイプにする、その助けとなるものとしてのガンダムの姿に、単純なロボットとしてのかっこよさ以上のものを感じられる。

ETERNAL WIND~ほほえみは光る風の中~

ETERNAL WIND~ほほえみは光る風の中~

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 ダメ押しに、エンディングの『ETERNAL WIND~ほほえみは光る風の中~』が染みる。ガンダムは、『逆襲のシャア』の記事でもエンディングに言及していたようにどの主題歌も作品に寄り添った素晴らしいものでしたが、シーブックとセシリィ、そして二人を引き合わせたF91が宇宙と月を背景に漂う画の美しさが記憶に焼き付く中で流れ始める穏やかで優しい曲調は、僕の心にすうっと染みわたりました。

 

 というわけで、『F91』の感想でした。『F91』、どうも調べるとやる予定だったTVシリーズの序盤を総集編にしたような作りになっていたらしくて、それ故のエンドロール直前に出る「This is only The Beginning」とクロスボーン・バンガードとの決着は何もついてないラストの示す未完成感や、知らん間に話が進みまくってるダイジェスト感は本当に惜しいんだけど、そんな不満はどうでもよくなるくらいラストシーンが良かった。

 1stをセルフオマージュしながら別の形のアンサーを示すアップデートと、鉄仮面との対比でもってシーブック達の答えを際立たせるテクニックが、本当に素晴らしかったです。ガンダムで一番好きなシーンは1stのラストシーンだけど、そこに迫るくらいのものを見せてくれた。

 ガンダムは今後もどんどん見ていくつもりですが、ここに並ぶものがまたきっと見られると思うと、楽しみでなりません。まずは1月末公開の『閃光のハサウェイ』第2章、あと放送順的に次に見るべき『V』だ……!