イナズマイレブン。
その作品に僕が最初に出会ったのは、なんでもない平日の夕方だった。
幼き頃の僕はその時は暇で、ただぼーっとテレビを眺めていた。アニメだかニュースだか、特に興味もないものを何となく見ていたような記憶がある。
そんな時だった。何となく見ていた何かが終わり、次の番組が始まった。タイトルは「イナズマイレブン」。イナズマイレブンに詳しい人、当時見ていた人ならピンと来たかもしれないが、休日の朝ではなく平日の夕方にこのタイトルに遭遇したということは、番組は既に第2シーズン「脅威の侵略者編」に突入していた。
しかも、脅威の侵略者編のうちの1話に遭遇したというわけでもなかったのだ。今さっと調べてもGoogleの検索結果には出てこなかったので時期やそのエピソード(特番?)のタイトルを正確に記すことはできないが、脅威の侵略者編が始まる1話前、にしてフットボールフロンティア編最終回の次の回。節目の、番組枠も休日朝から平日夕方に移行するタイミングで新規視聴者を取り込むために放送されたフットボールフロンティア編の総集編、の放送に偶然立ち会うことができたのだ。
その時までほとんどイナズマイレブンについては知らなかった(休日にテレビをつけた際に、ゴッドハンドが皇帝ペンギン2号に破られる場面に遭遇して「何だこのアニメ」と思った記憶だけある)僕は、テンポよく解説されていくイナズマイレブンの概要に、あっという間に虜にされていった。自分達の大好きなサッカーに、真正面からぶつかり全国大会を勝ち進んでいく少年達のアツい物語。しかもただのサッカーじゃなく、超次元サッカーだ。エースストライカーが宙を待って足に炎を纏いボールを蹴り飛ばす。主人公が敵選手の放った渾身のシュートを、イナズマ宿る巨大な手で受け止める。そんな一見馬鹿らしくもハッタリの効いた、何よりとことんまで"かっこいい"サッカーは、子ども心に見事にブッ刺さった。
そこからはあっという間だった。毎週水曜日は「イナズマイレブンがやる日」になって週一の楽しみになり、イナズマイレブンの影響を受けてサッカーも始めてみたりもした。サッカーは4年やって全く上手くならず中学に入る頃にはやめてしまったけど、イナズマイレブンはずっと、脅威の侵略者編から主人公が交代した『GO』の最後まで見続けた。フットボールフロンティア編も勿論ちゃんとビデオレンタルで借りて全話見て、『アレスの天秤』・『オリオンの刻印』もリアルタイムで見届けた(『オリオンの刻印』は途中で脱落してしまったけど……)。
そんな、自分の魂に刻み込まれたイナズマイレブン、約10年ぶりの買い切りゲームでの新作。ゲーム版『アレスの天秤』の発表から語りきれないほどの紆余曲折を経て、ついに発売された作品。それが今作、『英雄たちのヴィクトリーロード』だった。
僕は正式に発売された時に作品を何も知らない0の状態から楽しみたかったから、体験版も去年の冬に公開された映画も一切触らず臨んだため、本当の本当に年単位で久しぶりの新作イナズマイレブン。そこまで事前情報を入れない方針でいたにも関わらず、予約はしたもののアーリーアクセス権のある特別版には手を出さなかった。自分の今の状況とゲームをする時の集中力・体力を考えると、2日3日早くプレイしたとてクリアなんてできるわけないと考えたのだ。その予想は当たり、今僕は発売から約2ヶ月が経ってやっとストーリーモードをクリアし、その感想を書き進めている。
前置きが長くなってしまったが、ここから『英雄たちのヴィクトリーロード』ストーリーモードの感想を語っていこうと思う。一人のイナズマイレブンファンの個人的なゲーム体験の記録として、読んだあなたが共感・参考にしてくれると幸いです。
(ゲームについて語る時はストーリーとシステムを分けるのがセオリーだとは思うんですが、今回は僕自身のゲーム体験という視点で、序盤・中盤・終盤に分けて両者をまとめて語っていきます。
また、システム面についての感想は、基本的にストーリーをRPGとして楽しむという観点で語っています。個人的にあまり関心のない対戦環境・対戦ゲームとしてのユーティリティやバランスに関しては一切考慮してないので、悪しからず……。)
チャプター1〜3 「サッカーをしない」イナズマイレブン
ストーリーモードを始めて驚いたのは、ゲームを始める初っ端に、「ストーリーの都合でしばらくサッカーをしません」(意訳)なんて注意書きが表示されたことだ。
「サッカーゲームなのに、イナズマイレブンなのに何だそれは」と面食らいながらプレイすると、本当にサッカーをしない。その機会がない。RPGらしく、お話が進む中でボス敵などの障害が立ちはだかって突破しなければならない場面も出てくるが、そんな時に武器となるのはボールではなく言葉だ。主人公達はしばらく、サッカーではなくレスバでもって自分の思いを通していく。

その理由は、この物語の主人公たる笹波雲明の設定と序盤の物語の構成にある。
雲明は、これでのイナズマイレブンの主人公達と全く違う境遇・心情でもってプレイヤーの前に現れる。「サッカーには消えてほしい」。かつての雷門の栄光以降、全国的なサッカーブームが未だ続くという世界観の中で、彼は自ら望んで、サッカー部の存在しない南雲原中学に転校してきた。
しかし、彼が執拗なまでにサッカーを避ける理由は、サッカーを憎んでいるからではない。むしろ、サッカーを何よりも愛しているからこそ、病でそれができない身体になった自分には辛いと。サッカーをやれないのにやりたいという思いを抱いてしまうことが辛い一心で、サッカーをやりたいなんて思わないための一心で、物語序盤の雲明はサッカーから目を逸らし続ける。
そんな、サッカーへの渇望と自らの肉体への絶望を抱えていた彼が南雲原中で、先輩の桜咲丈二のサッカーの才能に満ち満ちたキックを目にしたことをきっかけに前者に傾いていく姿が、チャプター1では描かれるのだ。そしてクライマックス、南雲原中のスクールカーストの頂点に立つ野球部によってサッカーを玩具にされる場面に立ち会ったことで、彼の思いは爆発する。

「いらないならくださいよ! 先輩のサッカー! 僕にください!」
サッカーの才能に満ち溢れ、本人もサッカーをやりたいと思っているにも関わらず、親の意向でもうやらないんだと自分に言い聞かせ、サッカーが馬鹿にされるのを黙って見ている桜咲先輩に、雲明が強く言葉を放つ。涙ながらに投げかけられたこの台詞は、あまりにも重かった。これまでのイナズマイレブンの主人公達とは方向性の違う、抑圧し自分から目を背け続けていたからこそのサッカーへの思いの大きさが、プレイしている自分の心にも強く響いた。
そして、雲明の言葉に心を動かされた桜咲先輩がシュートでもって、その隣に立った雲明が言葉でもって野球部に宣戦布告することで、南雲原中学におけるサッカーの地位をかけた野球部とのサッカー対決にプレイヤーは挑むことになる。挑むことになるのだが、それでもまだ、サッカーをすることはできない。初代イナズマイレブンではコンパクトに済まされていた、チームを揃えるための奔走がこの後に続くのだ。

チャプター2では、学園のアイドルであるダンス部の忍原来夏が。チャプター3では、2で描かれた前フリも込みで忍原先輩に憧れを抱く古道飼亀雄が。過去南雲原で起こった、サッカー部がなくなりサッカーがタブーとなるきっかけとなった事件を共に調査した生徒会の四川堂我流が。そしてサッカー対決を通じて自分の過去プレイしていたサッカーへの思いに気づいた野球部の柳生駿河が仲間となり、そこで初めてサッカー部の主要メンバーが揃う。サッカーゲームとしては本当に長い道のりを乗り越えて、やっと雲明達はスタートラインに立つことができる。
この、サッカー部結成まで歴代最長の道のりを歩むことになる大胆なストーリー構成。その意図は恐らく、単に物語をスローテンポに、つまり丁寧に描くということだけではない、と僕は思っている。雲明とプレイヤーのシンクロ。間の過程をほとんどスキップせずにサッカーができるまでの道のりを奔走させることで、プレイヤーはゲームを進めていく毎に、どんどんと「サッカーをやりたい」という気持ちを焦らされていくのだ。その感情はまさに物語の中で雲明達が抱いているものであり、ゲーム体験の中で雲明とプレイヤーは同じものを共有することになる。この構成があるからこそ、プレイヤーは物語に強く感情移入することができる。
まずもって、僕はこの挑戦に心打たれた。「サッカーをしないイナズマイレブン」なんて、そんなことがあるのかと。普通なら考えられない、考えてもそれはダメだと思いとどまりそうなところを、『英雄たちのヴィクトリーロード』は突っ切って見せたのだ。「プレイヤーとキャラクターをシンクロさせる」、物語の没入度の獲得という目標を何より強く掲げ、そのために既存の常識をひっくり返した。
常識に囚われない天井知らずの斬新さ。それはイナズマイレブンの、特に『GO』の十八番だが、今回のは『GO』の規格外に大きくなっていくスケールとはまた異なった、物語の作りという枠組みでの斬新さだ。魂の奥は確かに過去のシリーズと通じているが、それでいて同じ道を歩むわけではないという絶妙な塩梅。それが、僕の中の郷愁とワクワクを同時に誘った。
しかも今回の斬新さは、イナズマイレブンがたまにやってしまう初見のインパクトに全振りしたような、中身や理屈やエンタメとしての土台作りを疎かにしたものにもなっていない。以下に述べる理由を恐らく念頭において、エンタメとしてちゃんと成立すると確信しての斬新さなのだ。
理由の一つは、まず『英雄たちのヴィクトリーロード』がゲームである、という前提だ。いや別にこれまでのイナズマイレブンもゲームではあるのだが、レベルファイブお得意の(というよりその始祖?)アニメや漫画とのマルチメディア展開が同時に行われるのが基本だった。無印フットボールフロンティア編のように各メディア間のストーリーの差異が大きかったり、『アレスの天秤』のように結局ゲームが出ずアニメのみになるということはあったが、物語の初めから終わりまでを様々な媒体で、特にアニメとゲームで描くのが常道だった。
だが『英雄たちのヴィクトリーロード』は違う。今作においてアニメ化されるのは、去年の12月に公開された映画で範囲内となっていたチャプター1+αのみ。だからこそ、テレビアニメという30分区切りで時間をかけて放送する媒体に合わせて毎週のヒキや話題性を強く意識する必要はない。実際、『英雄たちのヴィクトリーロード』がテレビアニメ展開も行なっていたのなら、どう少なく見積もっても4話(1チャプター2話で終わらせる換算)サッカーはしない、なんて展開は許されなかっただろう。一気にプレイできるゲームという媒体だったからこそ、サッカーをしない構成は成立した。

そして当然、単に「ゲームだからサッカーをしばらくしなくても許される」わけでもない。「"面白い"ゲームだから、サッカーをしない構成も意図を飲んで納得できた」のだ。今作序盤ではサッカーこそしないものの、それでも「楽しい」と思えるゲーム体験になっている。
例えば、細かく作り込まれたマップ。街の導線、象徴的な施設、それらの中に生きている人の生の言葉や、時々クスッと笑えるような小話。レベルファイブ作品で特徴的な、人が生きて暮らしている「街」「町」を感じられるマップの作り込みは今作も健在で、マップを歩いているだけで楽しい。
例えば、そんなマップの中で受注できるサブクエスト。やたらと猫と宇宙人と変態の話が多い、でもコミカルだったりほっこりしたり各々のカラーがしっかりあり話の起点もオチも綺麗なサイドストーリー群(しかも今作はフルボイス!)が、ゲームを進めるモチベーションを高めてくれる。
と、いうように、『英雄たちのヴィクトリーロード』はイナズマイレブンらしい斬新な構成を、エンタメとしての整備と作品の媒体を活かした計算高さでもって巧みに成立させていた。
肝心のストーリー自体は、彼女に次の目標を提示するために皆で頑張る内容自体はかなり良いものの台詞や言葉で説明しすぎな忍原先輩関連、その間に差し込まれるような形で入るため集中力を削ぐ形になってしまってる亀雄関連、御曹司故に誰も本気で戦ってくれなかった彼の想いを救うという道筋は理解できるが前フリが足りてない柳生先輩関連……とかなり所謂「日野脚本(シナリオ)」ではあったものの、そんな物語を展開する大枠自体が巧みなものだから、僕の中では後者に対する好印象が勝った。そもそもこの構成が主人公達への没入度を高めるためもので、それが成功して話に入り込めてるからこそシナリオ的な不満も気になりにくいというのもあっただろう。
懐かしさを覚える斬新さと、らしくないが悪くない巧みさ。そして、物語の根底にあるサッカーへのアツい想い。三位が一体となった最高の掴みに、僕の心はすっかり虜になってしまっていた。
チャプター4〜6 悪癖とノイズとサッカーモンスターの凋落
チャプター4から6は、言うなれば「フットボールフロンティア地区予選編」だ。サッカー部は主要メンバーに事前に発表されていたセレクトキャラからプレイヤーが選択した5人を加えて11人が揃い、戦いの舞台も公式戦へと突入していく。全国への挑戦、現れる数多のライバル達、ついにできるフルメンバーでのサッカーに、否が応でも期待とストーリーの白熱の予感を煽られる。
が、しかし。正直に言ってしまうと、僕はこの中盤戦を存分に楽しむことはできなかった。面白くなかった、とは言わない。ただ、確かにあるはずの面白さを打ち消すくらいの非常に大きなノイズが常にゲーム内に存在していた。
その「ノイズ」は、大きく分けて2つがある。
1つは、ゲームシステム面での不満だ。もっと正確に言うと、難易度の上げ方があまりに極端すぎる・もしくはゲームとしてのプライドを感じないものになってしまっている。イベントで強制的に3点差つけられるのを後半でイベント得点なしで逆転しなければならないなんて難題をFF初戦で強いられるのはまだまだ序の口。初戦も含めた予選3試合では、試合終盤になるまで敵選手が無敵・必殺技もゲージ使用せず撃ち放題という、理不尽の極みのような状況でサッカーをさせられることになる。

理不尽度を理解してもらうためにざっくり説明すると、このゲームは「フォーカス」と「テンション」が基本のシステムとなっている。各々がボールを運んだり動いたりしている状態から、選手同士が接近することで攻防の一対一たるフォーカスが始まる。フォーカスでは選手を操作してアクションゲーム的に敵を突破するorボールを奪うか、所謂チーム共有の必殺技ゲージ、MPや過去作のTPに相当するテンションを使用して必殺技を撃つかを選べる。必殺技を撃てば相手が必殺技を使ってないか相手のそれに打ち勝てば強制的にフォーカスに勝利できる一方で、必殺技を使用せずにフォーカスを行った場合、勝利すれば多くのテンションを、負けても少しのテンションを獲得することができる。そして、試合中でテンションを得る方法はフォーカスしか存在しない。
要するに、普通のサッカー的攻防のフォーカスでテンションを獲得し、貯まってきたらそれを使ってド派手な必殺技を撃とう!というコンセプトなのである。で、そのコンセプト自体は理解できる。個人的な好みで言えば、サッカーではなく超次元サッカーをやりに来てるのだから必殺技くらい(ゲージによる回数制限はあっても)好きに撃たせてくれとは思ってしまうが、この仕様だとどうしてもシュート技やキーパー技にテンションを使いたいからドリブル技やディフェンス技は影が薄くなるのではと思ってしまうが、普通のサッカーの戦略はありつつも要所で必殺技の快感を味わうというバランスにしたいというのは、理解できる。
が、予選の試合の仕様では、上で長々と説明したゲームの設計思想が真っ向から否定されてしまっているのだ。予選に限らずストーリーモードの試合は物語を導線に沿って進めるためのシステムとして、「○○でシュートを撃て!」のようなミッションが複数設定されそれを達成するまで敵選手の一部が「ENEMY BOOST!」状態(無敵)になって得点の状況が制限されるのだが、予選ではその内容が「敵の猛攻を耐えろ!」などの曖昧なものになっていることが多い。言い換えると、後半で逆転するストーリーの都合で守りに徹しろというシチュエーションに複数遭遇する。
ここで問題になってくるのがミッションクリアまでの無敵状態で、敵選手のほとんどがフォーカスにおいて無敵になっていた。キーパーが無敵になるのは、ストーリーでピンチのシチュエーションで実際の点差は優勢、なんて状況を生み出さないために当然だろう。一部の主要選手が無敵になるのも、格を保持するための演出という理由で納得はできる。
しかし敵選手の全員にフォーカスにおける補正がかかり、必殺技もテンションを使わずに撃ち放題になっているというのは、どうなんだろうか。数値でも操作でも明らかにこちらの勝利なのに突破・防御されるのはまだいい方で、多くはフォーカスに突入した瞬間に必殺技を撃たれて敗北し、こちらがなけなしのテンションで必殺技を撃って対抗しても補正のためなのか純粋な力負けなのか勝利することはない。
(あくまで僕の感覚なので間違っていたら申し訳ないです。もし詳しい仕様を知っている方がいらっしゃたら教えてくださると助かります。
あまりに負けすぎて過剰なレベリングをしたFF初戦の西ノ宮中戦ではレベルでも数値でも圧倒的に上回っているのに終盤までフォーカスに勝てなかったから、少なくともこの試合では補正は存在していたと思います。「ENEMY BOOST!」表記が個人を特定できるものではないから誰に補正がかかっていたか断言しづらい……。)

結果プレイヤーは、「フォーカスを徹底的に忌避する」という対策をとる羽目になる。時間経過でストーリーが進行するまで、もしくは自分に課されたミッションをクリアするために、フォーカスを可能な限り行わず立ち回る。こちらがボールを持っているときはダッシュとパスだけで逃げ回るか目標までボールを運ぶ。相手がボールを持っているときはフォーカスを介さずボールを奪える代わりにファールのリスクが高いスライディングのみを使用する。オフェンス側でフォーカスに突入した瞬間にボールは奪われ、ディフェンス側からもボールはフォーカスでは奪えず、フォーカスなんかしていたら無敵の敵選手がシュートを放つのを眺めるしかなくなってしまうのだから、そうする以外に選択肢はない。
普通のサッカー的攻防のフォーカスでテンションを獲得し、貯まってきたらそれを使ってド派手な必殺技を撃とう!というコンセプトのゲームのストーリーモードで、基礎となるフォーカスを忌避すべき対象とする。なんて滑稽で、なんて不条理なゲーム性だろう。こちらには敵選手が撃ち放題の必殺技でフォーカスのアクション性を否定するのを眺めるか、自分からスライディングやパスで拒否するかの二択しか存在しない。当然、テンションなんて溜まるはずもない。後者はフォーカスを行っていないし、前者の必殺技の決着では互いにテンションは獲得できないからだ。
(補正で明らかに勝ってるのに負けるのはまだマシといったのはこのためだ。この場合、フォーカスの攻防はしたことにはなるからテンションは溜まる。撃っても敵の必殺技に勝てないから意味はないけど)
最初、「ENEMY BOOST!」の表記の前にいくらなんでもそんなことはないだろうとフォーカスに挑んでみて、負ける。負け続けていくうちに、これは本当に敵全員が無敵なんだと理解する。理解したうえで立ち回ると、スライディングやダッシュが最適解であることに気づく。どんどんと、スライディングとダッシュが上手くなっていく。自分の操作していない選手が敵に近づいてフォーカスに突入すると、(フォーカス勝利後は数秒スライディング無敵が付与されるため)嫌な気分になる。イベントシーンで放った必殺技、そのやっっっっっとの登場に感動する。全てのミッションをクリアし敵選手の補正が切れた数分間に、正常なフォーカスのやりとりができる楽しさに感激する。
……確かに、練習をしてスライディングのコツを掴めばクリアはできる。理不尽難易度の鬼畜ゲーなんて言うつもりはない。ただ、フォーカスという自分達の提示したシステムの拒絶を強要し、今作のシステムではただでさえ撃ちにくい必殺技を長時間実質使用不可にする、その難易度の上げ方が本当に気に食わない。
これまでのイナズマイレブンでも、初代の秋葉名戸戦のように下手すると詰みかねない理不尽があったり、『GO』無印が今作同様のミッション制をとっていたり、無敵の敵選手による強制連続失点やストーリー都合のキーパーの無敵化はあったりはした。でも、作品の根幹を、ゲームシステムの導線と「超次元サッカー」のコンセプトを否定することは流石にしてこなかった。
どうしてこんな仕様になってしまったのか、ゲームをクリアした今もわからない。ただ僕は、作品にプライドを一切持っていない予選の試合でのゲーム性に、心底嫌気が差してしまった。中盤の『英雄たちのヴィクトリーロード』は、ゲームとして面白くはなかったと、そう思っている。
しかも、『英雄たちのヴィクトリーロード』で僕が感じたノイズはシステム面のものだけではなかった。もう1つのノイズは、そんなシステムの中進行していくストーリーにあったのだ。
といっても、単にストーリーが面白くない、という程度のことではない。もっと明確に、方向性として『英雄たちのヴィクトリーロード』中盤のストーリー、もっと言えばイナズマイレブン全体に存在する特徴が、自分がゲームを楽しむうえでのノイズになってしまっていた。
それは、説明不足監督への拘りだ。説明不足監督とは、僕が勝手にそう呼んでいるイナズマイレブンのお約束のこと。イナズマイレブンでは毎シリーズ、場合によっては試合毎に主人公チームの監督が交代するのだが、そんな監督達の中でメインを張っているキャラクターが皆作戦や采配の理由を一切選手に説明しない、というあれである。
その拘りは徹底されていて、FF編の響木監督は説明不足とかそういう話じゃないので例外として、脅威の侵略者編の吉良瞳子監督から『オリオンの刻印』の張金雲監督まで、シリーズのメインを張る監督達は程度や方向性の差こそあれど皆この特徴を持ち合わせている。説明不足監督の意味不明かつ説明不足な戦法・方針に選手達が一度戸惑い、試合中に真意を頑張って読み取って「流石監督」と持ち上げる、までがテンプレートだ。
で、このイナズマイレブンの伝統をどう捉えるかはファンによって様々だろうが、僕個人の話をすれば決して好きではなかった。好きではないどころか、嫌いでさえある。イナズマイレブンから一刻も早く消えてなくなるべき負の遺産だとさえ思っていたし、今でも思っている。しかし今作で急に伝統がなくなるなんて都合のいいことは起こらず、むしろ個人的には予期していた、しかし直面はしたくなかった事態を引き起こした。

今作の主人公たる雲明が、説明不足監督の伝統を引き継いでしまったのだ。先述したように、雲明は主人公でありながらサッカーが満足に出来ない身体であり、必然選手達を導く監督役として試合に関わっていくことになる。主人公がチームのブレインたる監督として活躍する展開自体は新鮮でワクワクするはずなのに、イナズマイレブンだからと嫌な予感を感じてしまっていた僕に、予選の雲明は怒涛のような説明不足監督ムーブを繰り出してくる。
今作の説明不足監督ムーブは、これまでの作品よりも大きな負の意味を持ってしまう。瞳子監督や久遠監督はそもそも過去や心情がわからない状態で登場して、物語後半につれて内情が明らかになり縦軸のうねりに繋がる、謎が多いことに意義があるキャラクターだった。だからこそ久遠監督に説明不足という形で真意がわからない、でも有能なんだとアピールを付与する意図も理解はできたし、瞳子監督に関しては明かされた心情の中で描かれた人としての未熟さ、その一つが説明不足のディスコミュニケーションなんだとも受け止められた。
それ以外の、特に説明不足である必要がない監督達も、あくまで監督であって選手じゃない、もっと言えば主人公じゃないのだから、好きになれなくても致命傷を負うことはなかった。確かに物語は傷を負っていたけど、監督と選手で仲良しこよしじゃないからと、一線を引いてるんだと自分に言い聞かせることはできた。
しかし雲明は、他でもない今作の主人公だ。プレイヤーが誰よりも感情移入したい、好きになりたいキャラクターだ。にも関わらず、雲明は特訓の目的も作戦の意図もまったくもって説明してくれない。序盤で「サッカーをしない」大胆な構成を採用してまで高めていたはずの雲明への共感が、感情移入が、ストーリーを進める毎にどんどんと薄れていくのを感じる。監督とは言えど雲明と他のメンバーは対等な仲間のはずなのに、そんな仲間達に不必要なまでに理由を話さない雲明の背中が、見えない彼方まで遠くなっていくようだった。ちゃんと対等な仲間としてじゃれあって、未来のことを語りあって、時々作戦にも触れるからこそ、肝心の本番試合で見せる距離が寂しい。
仲間に作戦の意図を全く説明せず一人でドヤ顔してる雲明めちゃムカつく〜! 俺に雲明を嫌いにならせないでくれ〜!!
— 石動 (@sou2691521) 2025年11月24日
この問題で難しい点が、恐らく日野社長が説明不足監督ムーブのもたらすストレスを理解したうえで、それでもと敢行していることだ。そのことが判明するのはチャプター5。北陽学園戦後半、前半に出していた意味不明な指示の狙いを理解した南雲原の選手達の「どうしてそれを説明してくれなかったんだ……?」という戸惑いを前に、雲明は言う。
「(サ プ ラ イ ズ)」
「はあ〜〜〜!?!??!」
この展開を見た時の呆れとも感心ともつかない感情。なんということか、日野社長は説明不足監督ムーブが仲間達との絆の描写にマイナスの印象を与えることを理解したうえで、作中の選手からしたら当然の反感を買うことを理解したうえで、それでもやりたかったのだ。説明不足監督をやめるよりも、雲明に意味不明なボケをさせて選手達に盛大にそれをツッコませてバランスを取るという手間がかかる描写をとったのだ。
ここまで来ると、恐らく説明不足監督は日野社長の性癖なのだろう。並々ならぬ拘りと継続の意思。もしくは説明不足監督を必殺技と並ぶイナズマイレブンの個性と捉えているかだが、どちらにせよ、日野社長がシナリオを書き続ける限り、なんならゲームの監修をしている限り、この伝統は未来永劫不滅なのだ。正直、その気概にだけは謎の感動を覚えてしまっている。
ただそれはそれとして、僕が説明不足監督を嫌いだという感覚は変わらない。一度ツッコんだからいいでしょと言わんばかりに以降は何のフォローもなく説明不足監督ムーブを雲明が行うのを見て、「せめて隠す意味がある作戦を隠せばいいのに」としか思えない。チャプター6の前半は明確な指針を出さず守りに徹する作戦も、相手の体力切れを待つ意図は選手に伝えておいて、もう一つの目的である「共通の敵を前にして耐えることで南雲原と北陽の結束を高める」の方を隠して後半にドヤ顔で説明すればいいのに、という不満にしか繋がらない。
気概は認める。そのうえで、まったくもって好みではない。むしろ嫌い。そんな要素が常に居座り続けるストレスこそが、今作中盤のストーリーの大きなノイズだった。
勿論、今作中盤がまったくもってダメダメだった、と言うわけではない。北陽学園戦で合体必殺技「春雷」を習得する忍原&桜咲の先輩ストライカーコンビは仲良く喧嘩している様が微笑ましくて好きになれた(身長差による画面の収まりの良さも最高)し、同試合で描かれた、幼馴染だった雲明と北陽学園エースの空宮征くんの、サッカーが隔ててしまった距離をサッカーを通して埋めていく展開もグッとくる。
説明不足監督以外の主要キャラの描写や本筋の展開はどれも良くて、この物語の始まりを担った雲明と桜咲先輩の、生意気な後輩と彼に翻弄されながらもその能力や裏に秘めた情熱を評価し仲間として接する先輩の関係性は新鮮に感じた。学校併合により同じチームで戦うことになった南雲原のメンバーと北陽のメンバーが衝突を経ながらもピンチを前に結束する展開は素直に熱いし、今作序盤から存在感を見せていた雷門エースの「サッカーモンスター」円堂ハルにチャプター6で起こった事件も、ショッキングな内容だからこそグッと引き込まれた。

特に、最後に触れたハル周りの展開は、雷門と南雲原の最終決戦に繋がる大きな縦軸なだけあって、凄まじいインパクトをプレイヤーの中に残す素晴らしい内容だったと思う。
「サッカーってさ、つまんなくない?」
イナズマイレブン初代主人公の円堂守の息子であり圧倒的なサッカーの才能と実力を有している彼は、それ故にサッカーに熱を入れられずにいた。あまりに上手く蹴りすぎてしまえるサッカーボールが、モンスターと呼ばれている彼と周りの人間の少しの距離が、彼の白黒の日常を形作っていく。
そんなハルが帰属校制度で西ノ宮イレブンに一時参加していた時に現れたのが、雲明率いる南雲原だった。前半いつものように自らの力を見せつけて3点差をつけて試合は実質終了……に見せかけてハルをベンチに下がらせ、後半一気に4得点の大逆転勝利を収めた南雲原イレブン。その采配をとっていたのが雲明だと気づいたハルは彼に興味を持ち、試合後に言葉を交わす。
「できることをやれば? なんで無理にサッカーするの?」
「別に…サッカーができるからって なんもないよ サッカーが人より少しうまいってだけ… 望んでやってるわけじゃないし」
サッカーができない身体ながらサッカーを諦めなかった雲明への心底からの疑問と、誰よりも上手くサッカーをやっている時の気分を問われた時の興味なさげな返答。プレイヤー視点、南雲原視点での公式試合一戦目で彼がサッカーに対してどんな距離感であるかを端的かつ的確に理解させたうえで、チャプター6にその出来事は起こる。
ハルの、サッカー選手としてのリタイアの危機。試合中に負った怪我によってもたらされたそれは、サッカーモンスターの凋落は、またたく間に雷門のチームメイトに、そしてサッカーを愛する全国民に伝わっていく。

この衝撃の展開には、本当に痺れた。初戦で戦い実力では圧倒された、いつかリベンジを果たすことを予感させたサッカーモンスター。そんな、頂点で南雲原を待っている側だと思っていたハルが、まさか雲明と同じくサッカーができない体になるかもしれないなんて。雲明とハルが西ノ宮戦で出会ったのは、サッカーとの距離があったハルが個人的にサッカーの中で興味を持てる者に出会い、彼なりの想いを抱えて頂上で待つ(雲明は彼の待つ頂上へ向かう)という構図のための出来事ではなかった。他でもないハル自身がサッカーができない身体になるという中盤の焦点のための前フリだったのだ。
今ここにおいて、『英雄たちのヴィクトリーロード』は一切容赦しない。天才故にサッカーに退屈していた、見方によってはひどく傲慢な振る舞いをしていたハルが、いざ必要とされていたサッカーでの実力を発揮できなくなった時に雷門イレブンの中で孤立する。そこまでの鋭さを持つ描写までも駆使し、徹底した「どん底」を描く。チャプター1の雲明の「いらないならくださいよ! 先輩のサッカー! 僕にください!」が思い出される、生々しさを隠そうとしない方針に、背筋が震えた。

そして当然、ここまでの「どん底」を見せられたなら、次に来る展開は決まっている。いつだってそうだった。ある時は圧倒的格上の対戦相手との勝敗が廃部の可否を決定するという危機から、ある時は謎の侵略者に学校が破壊される逆境から、ある時は待望の中学サッカーが勝敗を支配された紛い物だと気づいた戸惑いから、ある時は皆の記憶からサッカーが消えてしまったことへの困惑から、ある時は日本代表がサッカーの素人ばかりから選ばれた最悪のイナズマジャパンだと気づいた怒りから、ある時はサッカー部の廃部と母親の死が同時に訪れた絶望から。またある時は、サッカーができない身体になってしまったという悲しみから。
イナズマイレブンの物語は、登場人物達は、いつも深い「どん底」に始まり、そこから立ち上がって未来を覆していった。
それはハルも変わらない。サッカーができないかもしれないという「どん底」に落ちた彼は、だからこそ自分の本当の想いに気づくことができた。サッカーをやりたい。サッカーが好きだ。サッカーは、楽しい。
「できることをやれば? なんで無理にサッカーするの?」
自らが放った無神経な問いの答えを自分自身の体験でもって理解したハルは、これまでの行いを深く悔いる。悔いたうえで、その告白に立ち会った雲明の「負けないで」「僕も頑張るから」という言葉でもって、彼は立ち上がるのだ。同様に、いや自分以上に確定したサッカーができない今に抗ってサッカーをし続けている雲明の激励と宣言でもって、彼は再びマウンドに立つ決意を固めるのだ。

こうやって展開を振り返ってプレイ時の思いを回顧しているだけでも、未だに胸が熱くなり、筆に感情が乗ってしまう。チャプター6でのハル周りの展開は本当に、心の底から本当に、良かった。ハルの「どん底」からの復活を、これまで見たことない種類のドラマでもって描く。イナズマイレブンらしさと、物語としての先の読めない展開への驚き・意外性を両立させた、素晴らしいストーリーだった。
だからこそ、良いところは本当に良かったからこそ、先述した二つのノイズの存在は惜しかった。『英雄たちのヴィクトリーロード』を好きになりたいのに、もう好きになってるはずなのに、毎章のように見せるゲームシステムの否定と説明不足監督のお約束が断言を許してくれない。二つのノイズがよりにもよって物語が一番盛り上がる試合の中に存在するものなのも、ノイズを無視することを難しくしていた。
そんなわけで、中盤をプレイしている僕の胸中は、非常に複雑だった。ゲームの根幹に居座るストレスと、展開される物語への好感。その両者が波のように、時には同時に現れるものだから、プレイしている時は情緒不安定になっていた。楽しい。面白い。けど、果たしてこのゲームをクリアした時自分は、胸を張って好きだと言えるだろうか。そんな不安が、常に首をもたげていた。
しかし、チャプター6をクリアし、FFが決勝トーナメントに入った以降のゲーム体験で、その不安はどこかに消し飛ぶことになる。
チャプター7〜9 サッカーってさ、楽しいよね
チャプター7以降では、FF本戦を舞台に物語が展開される。各ブロックの予選を勝ち抜いた猛者達との激闘。先述のハル関連の劇的な展開でテンションが上がってやめるにやめられず、同じ日のうちにプレイした記憶がある。
まずもって、南雲原が決勝進出を決めた瞬間にOPが流れる演出。ここに至るまでに何度もゲーム開始時に見ていた『笑顔がゴール!』の楽しさが強い曲調とは異なるテイストの、『ザ・ヴィクトリーヨ!』の力強いイントロに象徴されるような曲と映像。『GO』で言うならば、『おはよう!シャイニングデイ!』に対する『打ち砕ーくっ!』、『ネップウ!ファイアーバード2号』に対する『ライメイ!ブルートレイン』、『地球を回せっ!』に対する『スパノバ!』。作品のクライマックスを盛りに盛り上げる二つ目のOPに、胸が高まる。
そんな最高のスタートダッシュを切ったFF本戦。だが、最高のスタートを切ったのはこのゲーム自体もそうだ。しかし、僕はこのOPを見る前、ハル周りの展開を通る少し前の東風異国館戦までは、プライドの感じられないゲームシステムと性癖を工夫することなく擦り続ける試合中のストーリーに、心底落胆していた。たっぷり3チャプター分モヤモヤし続けていた積み重ねが、上がっていた自分のテンションに水を差す。
が、蓋を開けてみれば、拍子抜けなほど僕は今作を楽しむことができた。中盤の惜しさに埋め尽くされた印象を最後には圧倒的なプラスに傾けるほどに。
その要因として、フットボールフロンティア本戦の持つ以下の四つの特徴が挙げられる。

一つ目は、先述した試合中のゲームバランスの改善である。本戦では、昔からイナズマイレブンに存在した強制失点イベント中以外は細かく具体的なミッションが設定されており、それさえちゃんとこなしていけば敵選手全員がフォーカスで無敵になることはない。予選のような曖昧なミッションも存在はするのだが、仕様が変わったのか僕の勘違いだったのか、本戦では曖昧なミッション中も一部の選手以外には補正がかからず、通常通りのフォーカスのやりとりができていたと思う。
二つ目は、説明不足監督要素の変化。この要素も先述した中盤のノイズの一つだったが、本戦では意図的になのか結果的になのか、京前嵐山戦では「化身に対して化身で対抗する」、帝国戦では「相手のタクティクスに応じてこちらもタクティクスを切り替える」「帝国がこちらのデータを知り尽くしたうえでの潰しをしてきた際に、相手が知らない一面を秘めた亀雄を起点として計算を崩す」。
と、戦略が明確になることで改善を見ている。雲明が本番での戦略を打ち立てたうえでそれを発表して特訓の計画を立てるという、予選では考えられなかった流れが踏まれることが多くなり、そうでなくとも最後の帝国の時のように、相手の動きに合わせて発動したカウンターなので事前説明がないことに納得できるようになっている。ことが、予選よりも圧倒的に多い。少なくとも、意味もなく説明していなかった作戦が後半の切り札になる、なんて不快な展開はほとんどない。
三つ目は、過去作のキャラクター・要素の本格的な登場である。これまでは台詞の端々、せいぜいが円堂ハル周りの展開でしかほとんど名前すらも出ていなかった歴代作品の様々が、チャプター6の大海原中の監督からのビデオメッセージに元イナズマジャパン代表「綱海条介」が登場したことを皮切りに少しずつ姿を見せ、またお話の中核を担っていく。主に無印からはキャラクターが、『GO』からはサッカーにおける超次元要素が参戦する展開に、シリーズファンは否応なく熱くさせられる。
四つ目は、ゲームの中で紡がれるシナリオの変化である。予選では、敵味方で様々なキャラクターが絡み合い試合でぶつかる展開の都合上、そして何より話が広がり登場人物が一気に増える中盤戦であるという都合上、初期メンバーの南雲原イレブンの面々を深く掘り下げるパートに集中することはなかった。
しかし本戦というゲーム終盤戦、登場人物も出揃い始まるラストパートの中で、『英雄たちのヴィクトリーロード』は南雲原イレブンをエピソードの主役に設定していく。設定し、これまで前フリしていた要素を踏まえてその内面を真に迫って描いていく。
前者二つにより作品のノイズを除去し、後者二つにより物語に強い推進力を与えた終盤が浴びせてくる熱量は、本当に凄まじいものがあった。中盤にいまいち入り込めていなかった原因がある程度改善されたというのもあり、僕は最後までゲームを気持ちよく駆け抜けることができた。怒りと不安と惜しさに苛まれていた中盤から一転し、100%楽しむことができたのだ。
ではここからは、そんな自分にとって最高のゲーム体験となった今作終盤の見所を、一試合毎に語っていこう。序盤や中盤のようにまとめて語るのが惜しいほど、チャプター7〜9は面白かった……。
チャプター7 化身は嵐の中に
まずは、本戦初戦のVS京前嵐山。に挑むチャプター7のテーマは、「化身」と「木曽路兵太」。かつて『GO』の時代にサッカー界を風靡したが、その体力消費のスピードから現代では一部の者が使う程度に落ち着いている化身使いを二人も擁する京前嵐山に対して、雲明はソジを起点とした南雲原の化身を生み出して対抗する策を立案する、という筋だ。
正直、このざっくりしたあらすじを文字に起こすだけでもワクワクしてしまう。自分が大好きなイナズマイレブンの中でも特に思い入れのある『GO』。その目玉要素である化身が、予選では触れられもしなかったので今作は出番がないんだなと諦めていた化身が、ここに来てまさかお話のテーマになるなんて。
「体力消費の激しさから今は少年サッカーではそこまで使われてない」という設定も、「これがデフォルト装備になってた『GO』の時代は、やっぱ過剰なサッカーブームで中学生達に求められる実力が高くなりすぎてたのかな……管理サッカーが導入されるくらいだもんな……」と妄想が広がりつつ他の試合では化身使いが出てこない理由を補完する良い「言い訳」だ。南雲原イレブンの気を集めて一つの化身を生み出すというロジックも、どこか『GO』のホーリーロード準決勝で「雨宮太陽」と新雲学園が発動した「化身ドローイング」を思わせる。

そんな『GO』ファンのツボを的確に突いた最高の舞台設定で始まる京前嵐山戦で展開されるのは、中心となって化身を操ることになるソジの内面を深く掘り下げたドラマだ。周りのみんなに合わせて、溶け込もうと努力してきたソジ。サッカーにおいても皆のプレーに合わせたパスを行うMFだったために「つなぎのソジ」の異名を持っていた彼は、しかしその事実に劣等感を感じていた。
皆に合わせてきた振る舞いは、彼にとっては自分を殺し必死に空気を読むことに徹してきたことの結果。心から笑ったことなどほとんどないと、ただ流れに乗ってきただけなんだと、チームの勝敗を決する重荷を背負うには不釣り合いなんだと、彼はそう吐露する。
そんなソジが、皆の雰囲気を読み取れる彼だからこそ、根本には「皆を楽しませたい」という心がある彼だからこそ、南雲原イレブン全員の気の流れを読んで化身に変えることができるという雲明の信頼と、桜咲先輩の真を突いた言葉でもってついに化身を発動する姿には、込み上げてくるものがあった。
「先輩…俺…人を楽しませるのが好きなんです…」
「だけど 自分が楽しんでないから ちゃんと伝わってなかった…」
特訓を重ね皆の役に立とうと決心したソジに足りなかったのは、自分自身の認識だった。南雲原の化身は、イレブン全員の気を一つにまとめ上げることで生まれる。イレブン全員。そこには当然、他でもないソジ自身も含まれる。そう気づいて、自分自身の存在と性格を受け入れた彼の笑顔は、発動した化身「エンターテイナー」に対しては、まず「楽しい」という印象を受ける。ソジが解放した、理解した「自分」が、生き生きと輝いている。

京前嵐山戦の一連の展開が素晴らしいのが、ついに見られたイナズマイレブンの王道だという点だ。これまで今作は様々な形でイナズマイレブンのお約束や魅力を再解釈したり現代風に描いたりしてきたが、これもその一環なのである。少年少女が、サッカーを通して自分自身と向き合い、抱えていた問題を乗り越え、その成長が必殺技や化身の会得という超次元な形で発露する。過程の心理描写が丁寧だからこそ、結果もたらされる必殺技や化身の絵面があまりにもド派手だからこそ、そのアツい展開のカタルシスは強烈になる。
個人的にはイナズマイレブンに様々ある魅力の中でも一番見たいもの、「これが見たくてイナズマイレブンをやってる」と言っても過言ではない人間ドラマと超次元要素のクロス。チャプター7はそれを、純度100%の出力で見せてくれた。
台詞で全てを説明しすぎていたり、ソジがマイナスな感情を見せ始めるきっかけとなった、元同級生にして周りに合わせていたソジを嫌っていた京前嵐山エース「西條リル」と試合後にあっという間に和解する展開の都合の良さだったり、細かいところでは所謂「日野脚本」な部分も出ていたが、総合的には骨組みとなったお話の強さで押し切られてしまった。コンセプトの勝利。
チャプター8 アリスの世界
続くチャプター8では、イナズマイレブンの物語において雷門の次に強烈な意味を持つ中学校、帝国学園との準決勝の様子が描かれる。
京前嵐山戦は細かい問題点をテーマの力強さで吹っ飛ばす豪快さが魅力につながっていたが、帝国学園戦はその逆だ。このエピソードですべきことを整理したうえで、的確かつ効果的に、各々の要素が欠点を打ち消し合い魅力を高め合うように配置された、理路整然とした構成がチャプター8のシナリオを彩っている。
まず大前提として、チャプター8において南雲原VS帝国に割ける尺は普段より少ない。この章では後半に雷門サイドのストーリー、雷門キャプテン「月影蓮」によるハルの怪我の真相究明パートが存在するためである。制作の裏側でどの程度決まっているかはわからないが、イナズマイレブンにおいては各章のストーリーのプレイ時間は、ストレートにクリアできればどれも同じくらいになっているように感じる。それは今作も同様で、もしその体感が事実であるなら、雷門サイドの描写があるチャプター8はコンパクトな長さで試合を描き切らないといけないことになる。
そして、結論から先に言ってしまうと、帝国戦でテーマとなる要素は「少年監督対決」「古道飼亀雄」「ミキシトランス」だ。
雲明と同じく中学生でありながら帝国学園サッカー部の戦略を組み立てている「不破アリス」と、南雲原サッカー部のメインメンバーでありながらこれまでメインでスポットライトは当たったことない亀雄、そして『GO2』において登場した、他者のオーラを取り込み制御することでその主の力を自分のもののように使うことができるミキシトランス。対戦相手、チーム内、過去作から各々ピックアップされたこの三つを、今作はどう調理するのか。その手際がとにかく巧みなのだ。

まず試合前の前フリは、簡潔かつ適当に行われている。不破アリスの存在感は雲明との一度のみの邂逅の中でしっかり印象付けられ、「少年監督VS少年監督」の構図をはっきり提示する。
亀雄の描写は、肝となる「忍原先輩に憧れサッカー部に入った」という前提はこの章を見越してか物語前半で既に小さなエピソードを通して描かれており、そこに「母親が見にきている」というシチュエーションの盛り上げと、「忍原先輩のダンスを完コピするほど努力して、自信を奮い立たせている」という彼の成長の方向性を孕んだ情報の追加に留める。
ミキシトランスに関しては、その登場自体がサプライズなので前フリはしない。というより、先述の亀雄の方向性の提示こそが実は前フリになっている。
そうしてコンパクトな描写で場を整えた試合本番では、まず南雲原と帝国によるタクティクスの応酬で魅せる。雲明とアリスが、各々状況に合わせて複数の必殺タクティクスを切り替え、目まぐるしく変化する状況に対応していく。必殺技ではなくタクティクスの連発による競り合いはイナズマイレブンでも珍しく新鮮で、かつゲームとしても絵面が派手に変化して楽しく、さらに二人の少年監督が対決しているという構図もわかりやすく伝わってきた。
そんなほぼ互角、一進一退の攻防で後半まで引っ張ってからは、残りの二つの要素の出番だ。アリスは南雲原を崩す次なる一手として、チームの弱点となる選手への攻撃を始める。生徒を南雲原に潜入させてまで南雲原サッカー部のパーソナリティを把握したアリスは、挑発に乗りやすい柳生先輩、加えて単純にサッカーの実力に最も乏しく気弱で精神的にも最も脆い亀雄を標的にした。
しかし、雲明はアリスの採った策に狼狽えはしなかった。相手のデータを集めることに一切余念のないアリスの徹底ぷりに驚きはしたが、実際に行われた作戦には静観を貫いた。それは他でもない、標的となった亀雄にアリスすら知らない一面があり、その一面が彼の弱さとアリスの計算をぶち壊すと理解していたからだ。
次の瞬間、雲明の確信に応えるように、亀雄は眠らせていた力を解放する。忍原先輩に憧れ、そのダンスを完コピするほどに努力した亀雄。その努力の結果として、憧れた忍原先輩の魅力を、ひたむきに頂点を目指し続ける力強さを、意識的に振る舞うことで模倣し我が物にすることができた。普段の臆病な態度から一転、亀雄は何者も追いつけないパワーでグラウンドを縦横無尽に翔ける。

そして、ここ! ここがこの章で僕が一番好きなところなのだが、亀雄の変貌に驚き沸くグラウンドを背景に、一つの声が響くのだ。「あれは…ミキシトランス…」「人の能力を自分のものとして使うことができる能力…」。声の主は「鬼道有人」。円堂守、豪炎寺修也と並んでイナズマイレブン無印の最主要キャラクターとも言える彼がサプライズ登場を果たしながら、亀雄の力があのミキシトランスなのだと解説する。
このサプライズ登場と過去作キャラクターによる解説の2点を活用したミキシトランスの説明が、本当に痺れた。この展開、冷静に考えるとただ他者の真似をして能力を高めてるだけの亀雄のそれは全然『GO2』で登場したミキシトランスではない。いやまあ広義では一緒と言えなくないかもしれないけど、そこにはたらいてるロジックは共通はしてないし、普通なら、亀雄の行動がちょっとストーカーっぽいことへの引きと彼の心情描写が尺の関係で前章のソジほど丁寧ではなかったことも加味すると、いまいち釈然としない気分になったに違いない。
しかし、あの鬼道さんが、円堂と共にイナズマイレブン無印を戦い抜き『GO2』でもその目でミキシトランスを目撃した彼が言うなら、納得せざるを得ない。彼がその説明をすることでほとんど強制に近い説得力が生まれ、加えてサプライズ登場の嬉しさと後半も乗っかるのだ。些細な疑問は納得か、もしくは展開の熱さに押し切られて唱える気がなくなってしまう。事実、僕はイナズマイレブンの中でも屈指で好きな、思い入れのあるキャラクターの最高のタイミングでの登場に興奮し、先述したような違和感をほとんど感じないまま試合を終えた。

この試合全体の流れが、とにかく巧みで計算高いのだ。コンパクトな描写で試合の展開を完璧に前フリし、タクティクスの応酬で前半を引っ張り、後半の見せ場では尺故に足りてない部分を過去作キャラクターの有効活用で押し切る。そうすることで、限られた尺の中で「少年監督対決」「古道飼亀雄」「ミキシトランス」をしっかり面白い物語に仕立て上げる。
僕はこの記事の中で何度も何度も、日野社長の書いた技巧的には優れていないシナリオを揶揄する、「日野脚本」という言葉を出した。そのことを謝るつもりはまったくもってないが、少なくともこの章の構成に関しては、構成だけではなく描写まで、丁寧かつ大胆に計算され尽くされたものだと思う。
良い意味でイナズマイレブンらしくない、レベルファイブらしくないタイプの面白さと、個人的に思い入れのあるキャラクターのサプライズ登場(あの鬼道さんが、アリスを養子にとって育て、サッカーの司令塔としてのアドバイスもしてるのが……本当に……)による喜びが爆発した最高のエピソード。それが、僕のゲーム体験としてのチャプター8の総評だ。
チャプター9 雲から太陽はのぞく
そして、上記のように各々別の魅力を見せてくれたチャプター7・8を経て、『英雄たちのヴィクトリーロード』の道程は結末に辿り着く。フットボールフロンティア本戦、決勝戦。チャプター9にて、かつて円堂守が優勝に導いて以降、常に頂点に立ち続けた雷門に、南雲原は挑むことになる。
今回も、最初にチャプター9の見所を言ってしまおう。雷門戦のテーマ・コンセプトは、「南雲原VS雷門」「笹波雲明VS円堂ハル」。単に作中のマッチアップを文字に起こしただけじゃないかと思われるかもしれないが、しかしこうとしか表しようがないのだ。南雲原と雷門、雲明とハルを中心した二つのチームがそれぞれのやり方で勝利のための一手を何度も差し合う。まるでボクシングのように激しく、素早く、熱く、エモーショナルに入れ替わりぶつかり合う両者の攻防こそが、チャプター9の最大の見所だ。
その攻防の熱さを、初めから順番に語っていこう。南雲原は雲明の指導のもと奇抜な方針で特訓を重ね、雷門は普段通りの練習をしてハルの帰りを待ち、訪れた決勝当日。未だ姿を見せないハルを欠かしたまま、南雲原VS雷門は幕を開ける。
前半は、素直に実力をぶつけ合う両者の様子が描かれる。これまでの実績や事前の評判では実力で圧倒的に雷門に劣っていた、加えて選手達も果たして勝てるのかと不安を覚えていた南雲原が、徐々に雷門を押していく。徹底的に対策を叩き込んだとは言え、純粋な力比べで南雲原が雷門に勝るという前代未聞の状況のまま、試合は後半戦に突入する。活気づく南雲原と、予想外のムードに動揺する雷門。そこに、最初の一手が投じられる。

リハビリ兼特訓を終えたハルが、遙か上空からスカイダイビングで降下しスタジアムに降り立ったのだ。誰もが呆気に取られている中、ハルは南雲原に傾いた試合の趨勢を確認し、逆転の一手としてメンバーの蓮と「星村ナオ」に事前にお願いしていた特訓を活かした必殺技「イナズマブレイク」の発動を提案する。そして、本番でのいきなりの新必殺技発動に躊躇いを見せる雷門イレブンに、前半圧されたことへの怯えを見せる彼らに、失敗したらなんだと言うんだ、失敗したって何度も立ち上がればいいじゃないかという叱咤を飛ばすのだ。
その熱い言葉で立ち上がった雷門イレブンは、早速後半開始直後に三人にボールを回すことに成功し、そのままイナズマブレイクで1得点をもぎ取った、だけじゃない。勢いに乗ったまま、次のボールもハルが奪って前線に運び、特訓していた新必殺技「メテオッド・ファイアトルネード」による得点で状況を逆転させた。
失敗したって何度も立ち上がり勝利に突き進む泥臭さと、その結果として新たに必殺技を編み出し快進撃を続けるかっこよさ。これこそが雷門の、円堂ハルのやり方だ。これまでのイナズマイレブンのような、物語の主人公達がやってきたような王道なアツい攻め手を、それらから最も遠く見えたあのハルが主導となって行う。怪我を経て、自分の想いに気づいてサッカーモンスターから日本一のサッカーバカとなったハルの成長に、思わずこちらも熱くなる。

しかし、形勢逆転、ハルの登場と共に瞬く間に劣勢になった南雲原も、当然状況をそのままにはしない。雲明によって、二つの戦略が実施される。「ポジショニングの交代」「雲明の選手としての参戦」。
雷門についていくために体力が尽きかけていた南雲原イレブンを、走り続ける体力はないが特定のタイミングでボールに飛びつく瞬発力は残っているオフェンス側をディフェンスに、守り続けて瞬発力は残っていないが距離はそこまで走っていないため体力は残っているディフェンス側をオフェンスに回すことで回復させる。加えて、司令塔たる雲明がマウンドに上がることで、ベンチよりも正確かつ迅速に指示を出すことができるよう備える。
まず、この苦境において放たれた対抗策の内容が素晴らしい。ポジションの交代は理屈では納得できなくもないラインを的確に突いてきた良い奇策だし、それが匂わされる特訓段階と本番の試合において、育成するルートをポジションで切り替えられる今作の育成システム「アビラーボード」が活かされるのも気持ちいい。
そのうえで、雲明の出撃である。主人公たる彼が、しっかりと納得できる理屈を用意したうえでついにグラウンドに立つ展開に、僕は思わず手に汗握った。「主人公がベンチから出る」。そんな当たり前のことにこれほどまでに心を動かされることが、本当に『英雄たちのヴィクトリーロード』らしいと感じた。
そしてこれこそが、南雲原の、雲明のやり方なのである。理屈を凝らして張り巡らされる奇策と、イナズマイレブンの王道からは外れたそれを「雲明らしい」と感じさせる積み重ね。後者の積み重ねには「雲明がグラウンドに立つ」展開の感慨も相まって、プレイヤーは新鮮さとこの作品「らしさ」を同時に感じることができる。
雷門を率いる円堂ハルは、当初から考えられない成長を遂げた、イナズマイレブンらしい王道を武器とする。南雲原を率いる笹波雲明は、この物語で積み重ねてきた、イナズマイレブンの主人公の王道からは外れた奇策を武器とする。あまりに対照的で、でも根底にあるサッカーへの想いだけは確かに同じな、両者のぶつかり合い。
そして、根底にある想いは同じだからこそ、両者のぶつかり合いは最終的に泥臭いそれに収束していく。互いの色で全力を出し尽くして、体力も極限まで振り絞った果てに、泥臭く、無様に、這いつくばって。でも、それこそがかっこいいんだと。泥臭くとも走り続けることがかっこいいんだと。これまでのイナズマイレブンで示されたそれに、最終的には回帰していく。
最高の精度で繰り出されるこの展開に、僕は最後の方はもうほとんど泣きながらプレイしていた。雲明のポジション交代のタクティクスの目的が「体力の有効活用」であり、計算高い彼らのサッカーがハル達と同じ泥臭さに接続される納得感込みで、アツい展開を気持ちよく見せてくれた。ただただ、感無量だった。
その後、雷門と南雲原はOPが挿入歌として流れる最高の演出を背景に、各々の持ち味を活かして全力を尽くし、試合終了まで鎬を削り続ける。試合の勝敗は、開始前にプレイヤーが選択するどちらのチームで戦うのかの選択肢によって変わってくるが、どちらのルートにおいても、最高の試合と決着を見せてくれる。
そして、未曾有の熱量でとことんまで盛り上がった後に、雲明は決着を経て満足にグラウンドに倒れこむ。彼は隣に座り込んだハルと改めてサッカーの楽しさを確かめ合った後、自身の心情やここまでの道のりを振り返った「雲」と「空」を印象的に用いた語りでもって、今作の物語の幕を下ろす。
「僕の心を覆っていた暗い雲は いつしか みんなとの戦いの中で薄れていき 青い空が広がっていった」

思えば、『英雄たちのヴィクトリーロード』は始まりの「サッカーをしない」構成からずっと、物語の構成では計算高い大胆さで魅せてくれた。細かい描写や台詞回しでは日野脚本を感じさせつつも、コンセプトとなる部分は常にプレイヤーの驚きと楽しさを意識した作りになっていた。僕が中盤で苦言を呈した説明不足監督ですら、チャプター3で選手達にツッコませることでバランスをとろうとしていた。計算高く、工夫を凝らして、イナズマイレブンの持つアツい魅力を、現代に新しい形で届けることに注力していた。
チャプター9で展開された最終決戦は、そんな今作の魅力を最大級の出力で形にしたような、素晴らしいものだった。今作の中で、それどころかイナズマイレブンというシリーズ全体においても屈指の名試合。南雲原VS雷門は、自分にとってはそういう試合だった。あの夕方に初めてイナズマイレブンに出会った時の興奮が、レンタルで無印FF編を駆け抜けた時の楽しさが、親に連れられた居酒屋で『GO2』ネップウをクリアした時の感動が、『ギャラクシー』最終決戦で松風天馬が自分のサッカーを取り戻した時の涙が思い出されるような、でもどこか熱の質が違うような。
要するに、中盤で散々文句を言ったものの、この試合ですっかり今作を好きになってしまったのだ。個人的にシリーズでも思い入れの深い初代・『GO2』・『ギャラクシー』に並んでしまうほどにブッ刺さったのであった。
その刺さり方には、物語だけでなく、ゲーム体験としても素晴らしかったことは大きく関係しているだろう。戦術のアビラーボードの活用もゲームならではの感動だし、単純に適切な難易度のおかげで面白い物語を気持ちよくプレイできた。個人的な体験では、ハルの化身「魔神ヴィクトリー」とソジのエンターテイナーで化身対決(フォーカス)ができてそのうえ勝利できたことも、後半のポジション交代のおかげでDFだとどうしても使う機会が少なかった亀雄のミキシトランスをFWで運用して総力戦を演出できたことも、本当に楽しかった。
『英雄たちのヴィクトリーロード』ストーリーモード、改めて、最高のゲーム体験でした。新時代の超次元サッカーを120%の出力で見せてくれて、一貫して意識的にシリーズのアツさと泥臭さを現代の形で蘇らせようという取り組みに溢れていて、何年も待った甲斐はあると思える作品だった(それはそれとして、『アレスの天秤』『オリオンの刻印』のゲーム版も一生待ってるし、その前に他の延期中の作品を早くレベルファイブには出して欲しいが……)。
と総括に入っているが、今作にはまだもう一つ、ソロプレイ用の大きなコンテンツが存在する。クロニクルモード。歴代イナズマイレブンの物語を振り返る旅に、やっと飛び込もうと思う。
次回、「クロニクルモード総括感想ブログ」に続く! 続かないかも!

