石動のブログ

アニメやら特撮やら映画やらの感想を書きます。

垣根帝督の過去は明かされないからこそキャラクターとして完成しているのではないか、という話

 垣根帝督。

 ライトノベルとある魔術の禁書目録』を中心に展開するメディアミックス作品群、通称「とあるシリーズ」に登場するキャラクターだ。とあるシリーズの主な舞台となる『学園都市』での特殊な教育を受けて超能力を使えるようになった子ども達、その中でもトップクラスの能力強度を誇る『超能力者』の一人であり、学園都市第二位『未元物質』の称号を保持している。

 彼は、『とある魔術の禁書目録』15巻(以下、旧約15巻と呼称する)にて初登場、上条当麻に続く第二の主人公となった一方通行の前に立ちはだかった。その巻のラスボスとして、一方通行と学園都市第一位VS第二位の死闘を繰り広げたのである。「この世界に存在しない物質」を生みだすその能力を駆使して物理法則を歪め、一方通行の能力の弱点を逆算し、科学サイド相手にはほとんど無敵を誇る彼に真っ向から迫り……そして、彼の頭脳と能力の前に完膚なきまでに敗北した。その後、自身を殺そうとする一方通行が黄泉川愛穂に説得され悪の道を降りようとしたことに怒り狂って彼女を刺し、それに対する怒りがトリガーとなって暴走した彼の攻撃を受け死にかけになり、内臓だけが回収されただ『未元物質』を吐き出すだけの機械として扱われ、とあるシリーズ本編『とある魔術の禁書目録』における彼の主要な出番は終わった。

 その後、『未元物質』によって自分の身体を無限に製造できるようになった姿で再び一方通行の前に立ちはだかったり、自身の力を完成させるために『全体論の能力者』を欲したオティヌスの手で肉体を復元されたりはしたが、前者は作中で指摘されるように、垣根帝督本人というよりは、自己の及ぶ肉体をいくらでも作れるようになった能力によって垣根提督の様々な面がそれぞれ強調されて表層に現れたカタチ、と言った方がしっくりくるし、後者は間違いなく様々な面を一気に併せ持つ垣根帝督本人ではあるものの、「反逆を試みた次の一瞬でオティヌスにバレーボール大になるまで叩き潰される」というのは、どう言いつくろってもまともな出番とは言えないだろう。

 しかし、その少ない出番と、今後の成長などを見せようにも見せられない性質にも関わらず、ファンの間での彼の人気は根強い。恐らく何かしらの悲劇を体験したことで学園都市に反抗しようとしていた(そのために学園都市第一位の一方通行を襲った)ことと、「何故か生成する『未元物質』が天使の翼のような形をとってしまう」という設定、再登場時に彼の善性が前面に出た所謂「白垣根」が生まれたこと(そもそも完全な悪ならそんな側面すら存在しないはず)が想像させるダークヒーロー的な過去、浜面仕上を守るために戦った滝壺理后と彼女を守るために舞い戻った浜面仕上を見逃す、その後滝壺理后のために無能力者でありながら学園都市第四位打倒を果たした浜面仕上を称賛する等のただの悪役にとどまらない彼独自の魅力、その二つが、多くの読者の記憶に強く焼き付いているのだろう。

 

 

垣根提督(ダークマター)

 そして、である。ここからが本題なのだが(前置きが長すぎる……)、そんな垣根帝督に対して、ファンの間ではよくこんな言葉が交わされる。「彼の過去を明かしてほしい」「彼の過去が知りたい」「彼の経験した悲劇の詳細が気になる」。

 うん。当然だ。いや当然というか、わかる。とあるシリーズの一ファンとして、めちゃくちゃ共感できる。先ほど「恐らく何かしらの悲劇を体験したことで学園都市に反抗しようとしていた」と書いたように、実は垣根帝督が学園都市に反旗を翻した経緯や、彼の体験した悲劇については全く明らかになっていない。表では科学の最先端、かつ巨大な教育都市の側面を押し出している一方、子どもを人体実験に使う、第三位のDNAマップを利用してクローンを作る等非人道的な行いを黙認している学園都市。そこにある数多の悲劇の内の一つに巻き込まれたのであろう……それくらいしかわからない過去を何かしらの形で知れば、彼という個人を、人間を、もっと深く理解することができる。だからこそ、知りたい。

 しかし。僕の中には、同じ、いやそれ以上の大きさで、先述のものとは相反する考えが存在している。タイトル通り、「垣根帝督の過去は明かされないからこそ、キャラクターとして完成しているのではないか」と考えているのだ。ここで重要なのが「キャラクターとして」という点で、要するに僕は、彼を一人の人間としては見ていないのである。『とある魔術の禁書目録』というフィクション作品に登場するキャラクターとしての垣根帝督、物語上の役割を背負い構造に組み込まれた存在としての彼。その完成された姿に、僕は魅力を感じている。そしてそのキャラクターとしての完成には、「過去が明かされない」ということと、彼の初登場した物語の持つ特異な性質が関わってくる。

 

(以下、長文で、僕が思う垣根帝督のキャラクターとしての魅力について書いていきます。彼を一人の人間としてフラットに見ている人には多分合わないのでブラウザバック推奨、あとクソめんどくさいオタクをかましてるのでそういうのがダメな人も推奨です)

 

 

とある魔術の禁書目録(15) (電撃文庫)

 彼の初登場した物語───旧約15巻の持つ、特異な性質。それは、『禁書目録』とは思えないほどにブラックさとハードさのみが前面に出た展開のことを指している。

 学園都市の「科学と教育の街」という表向きの顔の下に隠された、能力開発や科学の発展、都市内での勢力争いのために子どもの命を平然と使い潰すような、「暗部」と呼ばれる側面の存在。その「暗部」で、学園都市の治安維持などの目的で結成されたいくつもの組織……『グループ』、『ブロック』、『アイテム』、『メンバー』、『スクール』。学園都市上層部からの指令で様々な汚れ仕事を請け負っていたそれらの内2つ、『ブロック』と『スクール』が学園都市に反旗を翻したことがきっかけに始まる、暗部組織同士の血みどろの殺し合い。名前やデザインもしっかり書き下ろされた総勢20人ものキャラクター達が、お互いの思惑を抱えながら、死闘の限りを尽くしていく。

 ざっとさわりだけを書いてみただけでもその血と鉄の匂いに酔いしれてしまうが、旧約15巻を旧約15巻たらしめている部分はこれだけではない。各々の暗部組織の構成員の過去、反乱もしくは治安維持にまわった理由が、断片的にしか明かされないこと。これまでの『禁書目録』で登場した、『グループ』の関係者と『アイテム』の下っ端の浜面仕上を除いて、彼らがどういうきっかけで暗部に身を堕としたのか、何のために戦っているのか、大切な人を人質にとられているのか、既に大切な人を失ってその復讐のために学園都市の中枢へと近づこうとしているのか、それとも深い理由はなく私利私欲なのか、読者は完全には知ることはできない。そんな状態で、彼らは数ページおきに殺し、殺されていく。

 その、いつもの『禁書目録』では敵の過去や騒動を起こした動機が描かれ、そこに潜んだ思い込みや諦めなどの「幻想」を(今巻では一切登場しない)主人公の上条当麻が看破し、その能力名通り「幻想をぶち殺」して改心させる(そうでなくとも、後の巻で過去が明かされ仲間になったりする)場合が多いのとは全く逆の構造が、旧約15巻最大の特徴と言える。

 

 

学園都市暗部

 そして、そんな「乾いた物語」の中で暗躍するキャラクター、それが垣根帝督なのである。彼は、旧約15巻の構造に違わず、過去も目的も騒動を起こした根本的な動機も、暗部に身を堕としたきっかけも描かれない状態で、殺し合いを続ける。仲間の誉望万化が殺されても何も語らず、立ちはだかった博士を躊躇なく殺し、『ピンセット』という目的の品を手に入れ、学園都市の支配の秘密に迫る。しかしそれだけでは学園都市(というより、それを裏で支配しているアレイスター・クロウリー)への交渉材料には足りないと、一方通行を殺すことで、学園都市第二位、つまりは第一位の第二候補である自分が、第一位を利用しているアレイスター・クロウリーの『計画』の中心に立とうと画策する。

 一方通行へのハンデとして人質にしようとした打ち止めと、暗部には関わりのない一般人ながら彼女を守ろうとした初春飾利。垣根帝督が初春飾利を殺そうとした瞬間に一方通行が現れ、戦いが始まる。ベクトル操作の能力と『未元物質』の能力がぶつかり合い、その余波で壊れていく周りの建物。自身の頭脳と力の限りを尽くして『反射』を破り、自らの目的がアレイスターとの直接交渉権だと語る垣根帝督を見て、一方通行はこんな思考を巡らせる。

『垣根帝督にはそこまでさせるだけの、何らかの理由があるのだろう』

『学園都市の暗部に沈んでいれば、悲劇の数など山や星のようにある事がわかる。おそらく垣根帝督はそれらの一つに触れて壊れた』

 このタイミングで、旧約15巻の主人公たる一方通行が、垣根帝督の言葉を受けて初めて、自分のいる物語の構造に目を向ける。自分の前に立ちはだかる敵。今回何度も対峙してきた彼らの中には、きっと純粋な悪人ではない者もいた。何かの悲劇に出会って歪んで、壊れて、それでも足掻いて、取り戻そうとして。その結果戦っている人間だって、誰かはわからなくても確かにいたはずなのだ。彼らの過去なんて知らないし、話もしてこなかったからこそ、その可能性を否定することはできない。

 しかし、そのことを予測したうえで、誰よりも理解したうえで、一方通行はこう断ずる。

「悲劇の使い道は色々だ。胸に抱えるもよし、語って聞かせるもよし、人生の指針にするもよし。だがな、そいつを抱えた所で無関係なガキどもを狙ってイイ理由にはならねェンだよ。ご大層な理由があれば一般人を殺してもイイなンて考えた時点で、オマエの悪はチープすぎる」

 そして、お前だって今の戦闘の余波で周りの一般人を何人も殺しただろと反論する垣根帝督に、全力の戦いを繰り広げる一方で守った、傷ひとつない一般人の姿を気付かせる。壊れたのは周辺の建物だけ。戦いによって飛び散ったコンクリートアスファルトの破片、放たれた衝撃波は、一切無関係な人間を傷つけなかった。一方通行は一般人を傷つけないように完璧な計算を行いながら戦っていた。垣根帝督と異なり、自分の正義や過去を言い訳にして、無関係な誰かを殺すことだけはしなかった。

 

 

とある魔術の禁書目録 20巻 (デジタル版ガンガンコミックス)

 そう。この一連の流れからもわかるように、垣根帝督は、旧約15巻という物語を象徴するキャラクターなのだ。

 戦う理由は、最後まで明かされない。しかし……いや、だからこそ、何かを抱えていて、その何かが彼らの過去に根ざしているのかもしれないと想像する余地だけが、あまりにも広く残されている。「この台詞、意味深だったなあ……何か悲劇を経験したのかなあ……」と、思わず読者が考えてしまうような断片と、何も描かないという空白が、圧倒的な存在感を放ってそこにある。

 そんな、旧約15巻の象徴を、物語の主人公たる一方通行が否定する。描かれていない過去がどんなものであれ、善悪の一線を越えた時点でそこに「正しさ」などないと、否定する。そしてその否定は、旧約15巻で戦った多くのキャラクター達への否定につながっていく。

 最終的に初春飾利や打ち止めを巻き込んだ『スクール』も、外部の武装集団を雇って武力でもって学園都市を制圧しようとした『ブロック』も、構成員の一人が一般人を人質にとった『メンバー』も、裏切った仲間を粛清し、さらには治安維持ではなく私的な復讐のためだけにリーダーが暴走を始めた『アイテム』も、結局はチープな悪。少なくとも、そこには真っ当な正義など一欠片もない。

 だから、殺し合う。いつもの『禁書目録』のように過去を顧みたりすることなく、殺し合う。主人公であるはずの一方通行もその過去を考慮する必要はないと、結局は正義と正しさを捨てた「悪」でしかないと、何の迷いもなく殺してきた。多くの暗部組織が、隠された過去なんかより重い、今何をしているのかという視点から裁かれてきた。善性を完全に捨て切って戦った先にあるのは、きっとそんな結末でしかない。それ故に、悲劇を言い訳にしか使えない彼らの過去を描く必要などない。だから実際、この作品ではそれらを明確に描いていない。

 

 この展開が、あまりにも美しいと感じた。作品の構図をラスボスに象徴させ、それを主人公の手で断罪する。それにより、作者の作品全体へのアンサーを、あまりにも綺麗な形で描いていく。「過去も原点も明かされないまま死んでいく」という人によっては拒否反応を示すような、『禁書目録』としてはただの歪みとも捉えられるような特徴を、「善悪の境界線を越えた時点で彼らに正義などない、だから殺し合ってるし、隠された過去なんてものを描く必要もない」とそうである理由を説明し一本筋を通すことで、作品の確かな個性として成立させる。その展開の見事さに感動すると同時に、その展開と構造に成立させている、「垣根帝督という、旧約15巻を象徴しているキャラクター」、この展開に利用することでその象徴性がさらに高まっている彼について、「どんな悲劇を抱えていたんだろうなあ」と考える時間を好きになったのだ。

 だからこそ、僕は垣根帝督の過去が明かさなくてもいい、むしろ明かされないでくれと願っている。だって、もし垣根帝督の背景が全て描かれて、彼が正真正銘悲劇のダークヒーローとなってしまったら、旧約15巻の象徴たりえなくなってしまう。血の匂いと過去の断片と空白だけを抱えた者達が殺し殺されていく、そんな物語と学園都市暗部を体現するキャラクターではない、むしろそれを否定する、読者のよく知る主人公のような存在になってしまう。

 「旧約15巻という物語の中で過去を描いて、その展開の構造と美しさを損なってるわけじゃないからいいだろ。後出しで、かつ別の物語で描いているだけなら影響ないじゃん」という意見もあるかもしれないが、それは違うのだ。垣根帝督の真実が公開される、もしくは「とあるシリーズは垣根帝督の過去を描いた」という事実があるだけで、旧約15巻の、第一位VS第二位の美しい展開と、その核にいる「垣根帝督という、旧約15巻を象徴しているキャラクター」の完成は、跡形もなく崩れてしまう。垣根帝督の過去は明かされないからこそキャラクターとして完成しているのだと、僕はそう思ってしまうのだ。

 

 

 

 

 以上が、僕の考える垣根帝督というキャラクターの魅力であり、彼の過去が明かされないことを望む理由だ。

 勿論、最初に述べたように、僕にだって彼の過去を知りたいと思う気持ちはある。実際にいつか白垣根を通して、もしくは何らかのスピンオフで彼の全てが描かれたら、否定するどころかめちゃくちゃに興奮するだろう。ついでに、垣根帝督について新情報が出るんじゃないかと怯えて読めていなかった(これがあっても彼の過去が明かされることを望む声があるということはそういったお話ではなかったんだろうけど)『とある科学の未元物質』にも勢いで手を出すに違いない。

 ただ。もし、『とある魔術の禁書目録』が完結し、とあるシリーズのメディアミックス展開が完全に終了するまで、垣根帝督が不透明なまま存在していた場合。自分というとあるシリーズの一オタクにとって、公式のその選択は間違いなく「解釈一致」だったと、ガッツポーズをとる。ただただ、それだけの話である。

 

 

 

 

 

 

関連記事

sasa3655.hatenablog.com

sasa3655.hatenablog.com

sasa3655.hatenablog.com